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「かわいそう」じゃない子

予備知識ナシで見始めて、ときどき大当たりがあるのが配信のいいところ。

『生きててごめんなさい』
きっと大丈夫。多分。
新鋭・山口健人監督が送る、不器用な私たちの物語。

最初、莉奈の喋り方や態度がわざとらしく感じて、「うへー、ふしぎちゃんの恋愛映画か」と思ったのだけど、しばらくがんばって見てると、様子が変わってきます。

というのも。

どこにも発表されていないのだけど、喋り方に特徴があった理由は・・・、おそらく、莉奈は自閉症スペクトラムASD傾向の子を描いているのだと思うのです。

途中、特性にハマることがあり、メキメキと頭角を表します。(おそらく)定型発達児である修一の方がうまくいかなくなり、莉奈がどんどん受け入れられていく中で、ついに修一が取り返しのつかない禁句を言ってしまいます。修一がなぜ莉奈といっしょにいたのか・・・。

「莉奈がかわいそうだからだよ」

あぁ・・・、言ってしまった。

本当は、「自分をかわいそうだとは思いたくない」修一の心が言わせてしまったセリフでした。

なんだか、このことって、実社会でもあり得るのかもしれないと思いました。優劣をつける文化の中で、落ちることなく育った子は、「誰かより上」というマウンティングでしか自分を測れなくなってしまうのかもしれない。そうして、大切な誰かをふいに傷つけてしまう。もしくは、明らかに自分より下だと思っていた子が見せる、力強い自分軸に急に焦り、自分の下にねじ込もうとする。

どっちが本当はかわいそうなんだろうな。
ううん、誰もかわいそうなんかじゃない。

そんな映画でした。

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