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田舎町 そぞろ歩きて 歴史知る

岩村田商店街

 先週は、灼熱の東京を逃れ、信州を旅した。軽井沢から小諸を目指して国道18号線を走っている途中で、腕時計の針が止まっていることに気づいた。電池を交換しようと時計屋を求めて18号を外れ県道9号線に入った。車で走ること10分、岩村田の商店街に行き当たった。カーナビで見ると、商店街は信越自動車道の佐久インターチェンジの東2キロくらいに位置している。

 県道を挟んで両側100メートルに亘って商店が並んでいる。ここなら時計屋があるだろうと車を降りて商店街を歩いてみた。商店と県道の間には2メートルほどの歩道があり、しかも雪国にある雁木のような屋根があて、歩行者を雨や日差しから守っている。お陰で、真夏の昼下がりにも関わらず、そぞろ歩きで時計屋を探すことができた。

 地方都市ではシャッター商店街化が進んでいるが、ここ岩村田の商店街でシャッターを降ろしているのは数店、ほぼ9割は生きている。洋装店、和装店、金物屋、食料品店、薬屋、本屋兼文房具屋、床屋、蕎麦屋、中華料理屋、電気屋とオールスターキャスト。昭和の趣きそのままの商店街には、時計屋もちゃんとある。老眼鏡を掛けた店主が、電池を交換してくれる。お代は1,000円也。

 商店街には、昭和を越えて明治、江戸を感じさせる店が2軒ある。「味噌製造所 和泉屋商店」と「清酒 寒竹」で、両店共に奥に醸造蔵があり、今でも現役とのこと。折角の機会と、味噌と酒を買い求める。味噌屋で応対してくれた女将と思しき老女が、「良かったら」と団扇をくれる。団扇には、「岩村田 祇園祭」第635回、天保11年(1840)とある。なんと、この町は江戸時代から続いているのだ。

 さっき見たカーナビには、イオンモールが表示されていた。イオンに抗して商を続けていくのは並大抵のことではないはずだ。岩村田商店街の店主達の意地と誇りを「祇園祭の団扇」から感じた。

(2024.07.27)

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