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◆小説◆塔の上の

その塔は引越し先のアパートから15分ほど歩いたところにあった。
何のための塔なのか、検索してみても詳細は掴めず。
周りをぐるぐる歩いてみる。窓のようなものがある。入口のようなものがある。壁面は少し苔むしてヒビが入っている。
のぼりますか。
後ろで声がする。大人なのか子どもなのか、男なのか女なのかわからない人物が、にこにことこちらを見ている。
のぼってもいいんですか。
かまいませんよ。ここの主はとうの昔に死にました。
死という単語の冷え冷えとした感触が頬を撫でる。
あなたは。
管理人とでも言いましょうか。どうぞ、いま鍵を開けますね。
鍵の音は軽い。ドアを開く音も素っ気なかった。管理人がドア横のスイッチを押すと、古びた蛍光灯がパチパチと上に続く螺旋階段を照らした。安っぽい照明に照らされた階段の手すりは、妙に意匠が凝らされていて、この塔がどの年代に作られたのかもよくわからない。
行きましょう。
管理人がどんどん上に行ってしまうので、私は慌てて追いかける。途中にある窓の外に、私がいつも行く平凡なスーパーの緑色の看板が見える。
あの、この塔はなんのために建てられたものなのですか。
え、それはここの主のためですよ。そしていまはあなたのための塔です。
管理人はおかしそうに答えるが、ますます塔のことがわからなくなってしまう。
トントンと足音ばかりが響くが、まだまだ頂上ではないようだ。頂上。頂上には何があると言うのか。
しばらく行くとまた窓があって、外には発光する何かが飛び交っているのが見えた。
星落ちですね。こんなに落ちるのも久しぶりだ。天使のやつら、調子に乗っている。
管理人は呟きながら少し足を止めた。
私はコンビニで甘い豆乳を二本買っていたのを思い出し、飲みますか、と管理人に差し出した。足は動くが、喉はからからに渇いていた。甘い豆乳が喉を冷やしながらまとわりつく。甘い甘いと言いながら、管理人は嬉しそうに豆乳を飲む。そしてまた上へと向かう。
頂上にはまだ着きませんか。
何を言っているんです。頂上だなんて。
管理人は高らかに笑う。その額には螺鈿のように艶やかに輝く一本の角がはえていた。幾年経ったのだろう。気がついたら私の足は山羊のような蹄になっていた。
そうか、私のための塔だったのか。
蹄を鳴らして階段を駆け上がるのは心地よく、まだ頂上には辿り着かない。

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