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◆小説◆交信と連鎖

月を齧って欠けた歯を埋めた植木鉢から、にょきりと緑青色の植物が生える。
薔薇に似た鉱物のような白い花が咲き、夏のはじまりに朽ちる。やがて重たげな実が付き、はち切れそうに艶やかに実っていった。
相変わらず宿無しのYがスーパーの半額の寿司と安酒とアイスキャンディーを持ってやって来たのは、風のない暑い夜だった。
Yは以前よりも痩せ顔色も悪かったが、瞳には昔と変わらない、金星でも嵌め込んだかのような光があった。
シャワーを浴びさせ寿司を食う。くだらないバラエティ番組を観る。安酒は飲めば飲むほど喉が渇くような気がする。互いの渇きを確かめるように、唇を合わせてみる。舌を絡めてみる。Yのまだ濡れている髪に指を入れる。少し乱暴に腕を掴む。喰い合うように交信する。Yの額から煌々と発光する角が生えてくる。
「受信できるのか」
汗にまみれたYの顔を見上げ、角を撫でる。Yは嬉しそうに目を細める。角はひんやりとしていた。
「お前が月の子を孕んだと言うから」
「俺は孕んでないよ。ベランダの植木鉢の実が……」
「お前が孕んだんだよ」
Yは起き上がり、裸のままベランダに立つ。細い肉体は欠けた月に照らされ、乳白に光っている。
「供物を戴きます」
みちみちと張った赤い実をもぎり取る。大きな口を開けて齧る。ぼたりぼたりと赤い汁が垂れ、Yの肉体を濡らしていく。
私はなんだか胸がいっぱいになって、嗚咽をあげて泣いた。
果実を食べきったYが部屋に入ってくる。泣きじゃくる私を抱きしめ、口付けする。月を齧った時に欠けた歯を優しく舐められる。甘いような酸っぱいような土っぽい果実の味がする。
鋭利な角が私の額に当たり、脳天を突き刺す。少しずつ自分の魂と肉体が分離していくような気がする。Yは腐りつつある私の肉体を強く抱き、尚も舌を絡めていた。恍惚に身を任せるうちに、体は縮み、Yの掌に乗る小さな種となった。
Yは赤い実の成っていた植物を鉢から抜き、土を掘り私を埋めた。土の中は柔らかで温かかった。
「また、育つんだよ」
遠く頭上からYの声がした。

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