ソフトウェアエンジニアとレモン市場とリファラル
経済学部経済学科卒iOSエンジニアの田畑浩平です。
「経済学ってお金に関する学問じゃなくて、有限なものの配分に関する学問だから、色々な事象の説明に使えるよな」と常々思っていたんですが、今回はソフトウェアエンジニアが感覚として理解しているであろうことの1つ「優秀なソフトウェアエンジニアは転職市場に出てきにくく、人を介してリファラル転職しがち」を経済学の「レモン市場」という考えを使って説明してみようと思います(まあ、要因の1つでしかないと思いますが)。
レモン市場って?
アメリカの経済学者ジョージ・アカロフが「中古車市場で購入した中古車は故障しやすい」と言われる現象を分析した際に提唱した概念で、
・売り手が売買される財(=もの)の品質に詳しい
・買い手が売買される財の品質に詳しくない
といった情報の非対称性が存在する場合、質の悪い財ばかりが市場に残る
(これを逆選抜といいます)という考えです。
(アカロフはこの功績により2001年、ノーベル経済学賞を受賞しています)
レモン市場で何が起こるか
では、このような市場では何が起こっているのでしょうか?
前提として買い手と売り手は以下の3点を理解しているものとします。
・質の良い中古車は100万円
・質の悪い中古車は30万円
・市場の半分は質の良い中古車、残りは質の悪い中古車
そして、売り手は自分の車の価値を正しく認識しています。
その一方、買い手は車の質の良し悪しを見分けることができません。
そのため、50%の確率で質の悪い中古車を買ってしまうことを考え、期待値の65万円((100万円 + 30万円) / 2)以上払いたくないと考えます。
となると、質の悪い中古車の売り手は高く売れるので、市場に残ります。反対に、質の良い中古車の売り手は損をするので、市場から撤退していきます。
質の良い中古車と質の悪い中古車の比率が変わることで期待値が代わり、買い手の希望額も変化するかもしれませんが、
・質の良い中古車の売り手:損をする
・質の悪い中古車の売り手:得をする
という構図は変わらないので、どんどん質の良い中古車の売り手は市場からいなくなっていきます。
これが繰り返されることにより、市場から高品質な財が消えてしまう、というのがレモン市場の考えです。
ソフトウェアエンジニアとレモン市場
レモン市場の考えをソフトウェアエンジニアの調達(雇用、業務委託)の話に置き換えてみましょう。
・スキルというものが車の質ほど絶対的な尺度ではなく、わかりにくい
・取引される財が車→ソフトウェアエンジニアの開発能力
という違いはありますが、
・売買される財の質がわかりにくい
・売買される財の質について売り手と買い手の間で情報格差が発生しやすい
(情報の非対称性が存在する)
という本質的な部分は似通っているため、構造としては先程のレモン市場に近いものがあるのではないでしょうか。
レモン市場とリファラル
最初の中古車市場の例では、質の良い中古車が市場から消えてしまっていましたが、それらの車はどこへ行ってしまったのでしょうか。
「売り手と買い手の間に情報の非対称性が存在するオープンマーケット」は最終的にレモン市場となるため、以下の2つのいずれかをたどったと推測できます。
1. 取引にそれほどコストをかけられない売り手は売ることを諦めた
2. 財(車)に詳しい売り手に、車の質に見合う値段で売却した
(財の取引がクローズドマーケットへと移動した)
そして、これはソフトウェアエンジニアの転職についても同様に言うことができそうです。
オープンマーケットでの取引は
・質の高い財に出会う確率が低い(レモン市場と化すため)
状態であり、またマーケットがオープンかクローズかによらず
・取引コストもゼロではない
・会社側
・金銭コスト(求人広告費、エージェントetc...)
・時間コスト(書類選考、面談etc...)
・転職者側
・金銭コスト(移動費用etc...)
・時間コスト(面談、移動)
・精神的コスト
ため、ソフトウェアエンジニアの質がビジネスに決定的な影響を与えるタイプの会社や、オープンマーケットでは適正な価格を支払ってくれる買い手に巡り合えないソフトウェアエンジニアが、リファラルなどのクローズドな取引へと移行したのが今ではないかと。
まとめ
今回は扱う財や買い手・売り手の特性からソフトウェアエンジニアの調達をレモン市場で説明してみました。
このように、経済学はお金の話だけでなく、思考のフレームワークとしても使える内容が多くあるので、今回の記事で経済学にも興味を持ってもらえると嬉しい限りです。