私はその日も終礼が終わった瞬間に教室から走って逃げる。 中途半端なタイミングで帰ると、友達同士で帰っている人たちに挟まれてしまい、 その流れから逃げれなくなるのを知っているからだ。 校門を抜けてしばらくいくと収穫を終えた土だけしかない小さな畑に出る。 そこまで走ってから早歩きで帰るのが日課だった。 中学校3年生の2学期の終わり。 12月に入って空気はどんどん冷たく冴えていくのに、 私の中身はぐちゃぐちゃで生温かく、壊死している部分が腐り始めていた。 どこへいても、何をして
母方の叔母が死んだのは15年前だった。 自宅のマンションから飛び降りて死んだ。自殺だった。 仕事を勤め上げて、定年退職をした矢先の出来事だった。 叔母は独り身だった。 婚姻歴はなく、子供もいない独り身の女性だった。 死後の部屋の片付けをする際に、本が多くてかなわない母が文句を言っていた。 私の時は、部屋から荷物を無くしていこうと思った。 叔母の思い出は二つ。 エジプト博物館とジブリの映画に一緒に行ったことだった。 博物館の時は2人で行った。 小学生だった私の質問に、「あな
生活態度と精神状態は合わせ鏡のような関係である 心が病んでいくごとに、部屋は汚くなっていくし 部屋が汚くなっていくと、やがて心は病んでいく 己を調律するための行動を放棄し始めると、外界と自分が曖昧になっていく 目指す「清浄な生活」を忘れ、秩序のない部屋をさらに無秩序に使用する 日曜の深夜になってやっと少しだけ部屋を片付けようかと思い始めるが 「明日」は目の前まで来ているから、また始まる5日間のために浅い眠りに入る 生活から境界線が無くなっていく 心が生きることから遠のい
私は広い浜辺で1人座って遊んでいる 砂浜の波に濡れた滑らかな黒い泥を手で撫でては その感触を楽しんでいる 手の軌跡を波がさらって消していく 寄せては返す波が足の裏からお尻をさらっていく まるで自分がすごい速さで移動しているような錯覚を起こす 午後を過ぎた日差しはまだ明るいが 徐々に夕暮れに向けて明度を落とし始めていた 潮風が前髪を後ろへ流す 少し涼しくなってきたが海水はまだ暖かかった 数時間前までは多くの家族連れでごった返していたように思うが 今はもう浜辺には誰もい
30年前は故郷の市街地にも田んぼや竹藪があって 私が住んでいたアパートの前にも小さい田んぼがあった 当時は昭和の中頃に作られたアパートの5階に住んでいた 夏は涼を取るために網戸だけにしていたので ベランダの奥に広がる夜の中からカエルが鳴く声が聞こえていた その声を聞きながら父はブラウン管のテレビで野球中継を見ていて 私は退屈しながらとうもろこしの塩茹でを歯でこそげとるようにして食べていた 電球のオレンジ色に染まった部屋と とうもろこしの黄色と 野球中継に映る芝生と枝豆の緑
"ショックで気が遠くなる"を体験したことが1度だけある。 人間はあまりに自分の理解からかけ離れたものを目の当たりにすると本当に思考が停止する。 「 」 その言葉を浴びた時、初めに衝撃がきた。頭を殴られたような衝撃と本などで描かれることがあるが、本当にそんな感じだ。 頭をぶつけた時のガクンという動きや、痛みなどを取り除いた「波」のようなものだけが強くぶつかってくる。 その後、体全体に鳥肌が立つようなザワザワした感じが広がり、体の中心に向け
【※虫の表現があります。苦手な方はご注意ください。】 伸びた影を見つめながら、その日私は憂鬱だった。 いつも一緒に帰っている友達が先に帰ってしまったので、今日は一人で帰らければならない。 その子と一緒だったら途中で横道に外れたりしながら遊んで帰れるのに、一人だとずいぶん早く家に着いてしまう。 途中公園に寄ってみたが、知らない人たちが遊んでいたのでやめた。 「さっさと食べなさい」 朝、母に言われた凍てつくような言葉がリフレインする。 今日は完全に機嫌が悪かった。ハズレの日だ
1ヶ月間続いた終電までの残業の日々からの、ダメ押しの徹夜2連続は流石に堪えるものがあった。 仕事とはチームワーク次第で良くも悪くもなる物らしいが、今回はただの爆弾ゲームだった。 全てのツケがわたしに回ってきた結果、2度ほど夜を超えることになった。 漫画や小説ではこんなピンチにこそ何か転機になる事柄がおきるものだが、現実はそんなに都合よくできてはいない。 LINEで冗談めかして泣き言みたいなものを送ってみたが既読がつくはずもなく、夜中には送信を取り消した。 当たり前のように
あれはいつのことだったか。 春だったような気がする。 私はいつものように家から閉め出されていたので、住宅街の中をあてもなく歩き続けていた。 外気は肌寒いとまでは行かないが、夜風が吹くと少し気になる。 湿り気を帯びた夜の空気が全身にまとわりついて、心なしかしっとりと冷えるようだった。 こんな時間まで外に出されるとは思ってなかったとはいえ、万が一を考えて上着を持って出なかったことを後悔した。 背中に背負っているランドセルが、時間と共にどんどん重くなっていく。 半袖から剥き出しの
終電が走る時間は街の酸素が薄くなる。 いくら吸っても、喉の奥がぎゅっと締め付けられてうまく空気が入らない。 小さい頃、プールでたくさん泳いだ後に息がしづらくなったことを思い出す。 昨日は火曜日だったので、深夜12時過ぎのホームは人がまばらだ。 皆、白線沿いに頭を垂れて電車が来るのを待っている。 私は、なるべく人のいないところを探しながら並ぶ場所を探した。 スピーカーから電車の到着を知らせるアナウンスが響き、滑るように車両がホームへ流れ込む。 窓から見える車内に人は少なく、
18日間の連続勤務が終わるまであと9日。 折り返し地点にきたが、また同じだけの時間を過ごすのかと思うと体重が2倍になる気がした。 ホットコーヒーを飲もうとしたが、腕が持ち上がらなかったのでやめた。 夜勤のバイトが終わると、大学が開くまでの2時間をこのカフェで過ごす。 大学の最寄駅だし、コーヒが120円でおかわり自由だからだ。 早朝の店内には人もいないので、長時間コーヒだけで過ごしても嫌な顔をされないですむのもいい。 大きな窓から商店街のメインストリートが見える。 右から左