"千歳朔"を倒せ。~千歳くんはラムネ瓶 のなか⑧ 感想・備忘録~
誰が最初に言い出したであろう、恋は戦争であるなどと。
もしもこれの提唱者が人並みに恋というものをしていたというならば拗らせているなぁと思うし、していないというならば気色悪いなぁと思う。
が、生憎こんな出来過ぎた直喩は、それでいて単なる事実の羅列に過ぎないのである。
誰が勝者となり、誰が敗者となるのか。
そこにある言葉の本質はあくまで俯瞰的で、冷徹で、何より無責任だ。
ならば。
そんな誰でもない誰かが投げた責任を負うべきなのは、誰なのだろう?
――やっべ。大変ご無沙汰しております。寝倉です。
暫くnote書いてねえな~とか思っていたらこんなに間が空いてしまった。こんなつもりでは無かった。いや、何なら6.5のときも7のときも感想書こうとしてた筈なんですけどね。なんかこう、筆が滑って余計なことを書きそうで。無駄に疼く両腕には何とか収まるまで静かにしてもらっていた次第。
……両腕に包帯巻いてたら単純に健康に悪そうだな。
さておき、改めましてお久しぶりです。
「割れた」5巻、
「溢れた」6巻、
「触れた」6.5巻、
「荒れた」7巻
と(勝手に位置づけながら)潮の満ち引きを繰り返した「千歳くんはラムネ瓶のなか」ですが、この度とうとうこのラノ殿堂入りを果たし、それを経て初の新刊ということで大変楽しみにさせて頂いておりました。
いやすげーな。殿堂入りだよ殿堂入り。
一巻発売直後から追い続けた私も鼻が高くなるってモンだ。
俗にチラムネ、と呼ばれるこのシリーズではありますが、巻を追うごとに色気を増していくしっとりとした情景描写は、今や象徴的な特徴となっています。こう言ってしまうと何だけど、一巻当時のコメディ感が最早遠い過去のよう。
叙情的で、煽情的で、それでいて情動的に描かれる会話や景観、心情はますます影を含んでいく。さながら、長かった夏の陽が落ちて行くように。
その魅力は、やはり今巻でさらに深まったように思います。
そう言えば、今の季節は夏至が近いですね。
せっかく陽の長い時季ではありますが、今回は残念ながらそんなものは無縁の、ド深夜のデスクライトの下から色々綴っていこうかと思います。
それでは早速。
0:月は満ちた
前巻にて初登場した、新たなヒロイン望紅葉。
その存在感は瞬く間に物語の世界を、或いは読者の印象を塗りつぶし、あっという間に主役級の人物まで成り上がった。
そんな彼女が7巻の最後に刃を突きつけた相手こそ、七瀬悠月。
紅葉が掛けた言葉は、言わば発破でもあった。
これは7巻の後書きにて作者である裕夢先生も語っていたことだが、彼女が打ち破ったのは正しくは他のヒロイン達の心ではなく、作品の停滞そのものである。
考えようによっては、悲痛な叫びであったのかも知れない。
このままでは全てが終わらないまま終わってしまうという、叫び。
それは読者である私自身も抱いていた感情であった。
「この物語がこのまま停滞すればいい」。そう感じたシーンはこのシリーズに数え切れないほど存在するし、このシリーズ以外でも同じ経験は星の数ほどある。
だが、その実。
「完結を迎えなければ、物語は作品ではない」のだ。
残酷で無慈悲で、しかし逃れようのない摂理。それに対する文字通りの"発破"。
このシーンをなぞったとき、間違いなく全ての読者が紅葉と同じ思いを抱いていたことだろう。
言い換えれば、この時我々は紅葉の肩を持ってしまったのだ。
あらゆるヒロインの想いに土足で踏み入り、荒らした事実を直前で目の当たりにしたにも関わらず、である。
鮮烈なデビュー戦の末、紅葉は宣戦布告する。
そうして、突き落とされた七瀬悠月は深く、深く沈んでいく。
けれど、それと同時に。
満を持して潮は満ち、その水面に揺らぐ月もまた、満ちている。
溺れるのは彼女ではない。
夜に足下を掬われた、我々と千歳朔なのだ。
クライマックスへ、一歩。
Ⅰ:偏光
水の中を水面の上から覗き込んだとき。角度によって、在るはずのものが見えなくなることがある。その原因は、光の屈折だ。
もしそれが見えぬままだったらば、彼女はその存在を認識することすら無かったのかも知れない。
しかし、七瀬悠月は水の底で見つけてしまった。
自分自身のタガを。
そういう意味で、彼女を水の底に叩き落とした紅葉の選択は悪手であったのだろう。
まさしく、開戦の合図、だ。
相手は紅葉か、自分自身か。それとも……、
……実のところ。
7巻を読み終わった段階で、私は少しばかり疑問に思ったことがある。
千歳朔はなかなか下衆なことをやっていないか?と。
いや、だって、気付かないもんだろうか。
あれだけ立て続けに女を泣かせている原因が何であるかを。
少なくとも7巻のみを読み終えた時点で、千歳朔がそれまでの千歳朔らしくない立ち居振る舞いをしていたように感じたのは、決して些細な違和感ではないはずだ。そう考えていた。
しかし、改めて考えれば違う。
千歳朔が千歳朔であるためには、あの場においてそうするしかなかったのだ。
そうしなければ紅葉が悪者になってしまうからである。
これは実際に今巻でも言及されていた部分だ。
つくづく嫌な男である。
作中の生徒達が彼をやっかむ気持ちが痛いほど分かる。
千歳朔という男は、千歳朔が千歳朔であるために最適な行動を取ろうとしている。それが仮に表面的なものにすぎなかったとしてもだ。
その表層が一度割れてしまった8月を経て、振る舞いには綻びが現れ始めている。
選択と、責任。その狭間で揺れ動いている。
だが、バリアは破られた。
ここから先の物語とは、千歳朔を倒す物語なのだ。
局面は最終形態、彼は大技を放とうと溜めを構えている。
ここで殴り切れなければ物語は破綻し、殴り切れたなら最後、一直線に結末へと向かうだろう。
即ち、DPSチェッカー。
ここで最も貢献した者が、最終戦績で讃えられることだろう。
まず、七瀬悠月が武器を手に取った。
千歳朔の弱点属性は、陽か、海か、風か、――月か。
Ⅱ:月光
夜。
今巻を語る上で、決して避けることの出来ない要素と言えるだろう。
今巻では幾度となく、夕暮れと夜、そしてその境界線についての描写がふんだんに盛り込まれていた。
誰もが平等に光を浴びる――ナナに言わせれば「役割分担された昼の世界」が翳った後、スポットライトを浴びることが出来る人間は限られている。
だが。
柊夕湖は、もう街灯の下を進んで踏もうとはしないようだ。
かつては無邪気に路側帯の白線を踏んでいた彼女は、すっかり見違えて佇んでいた。
飛べば掴める距離の強い光を浴びなくとも。
手の届かないほど遠くで揺れる月の光は、優しく心に寄り添ってくれるのだと。そう言わんばかりに。
悟ったのだろうか。諦めたのだろうか。
否、と否定するには儚すぎる情景。
その凪のような激情は、紅葉を以てしてたじろがせた。
その心の底に閉まっている想いは、これから先どのように物語に関わってくるのか。
あんなにも「分かりやすかった」少女のことが、もう何も分からない。
七瀬悠月は、三度紅葉と対面する。
演技力という武器を構え、覚悟をギラつかせながら、夜に染まる町を見下ろす。
けれど。
その演技は――今巻中、その演技だけは。
決して、鏡に映る誰かを映してなどいない。
Ⅲ:散光
全ての物質、全ての世界は、光の反射によって見えている。
光源に当てられた物質はその表面の粒子で光を屈折させ、ある色として網膜に焼き付ける。
例えば、白く。
例えば、黒く。
七瀬悠月の攻勢は止まらない。
演劇の舞台で、演劇の衣装で、強烈な色を朔の脳裏に次々と焼き付けていく。
学園祭を前に浮き足立つ校舎が特別なものであることを、もう「知っていた」と表現しなければならない年月を恨みたくなる。
私ももう高校を卒業して丸2年以上経つ。
『銀の匙』の八軒勇吾はおろか、『Steins;Gate』の岡部倫太郎や『よつばと!』の綾瀬あさぎすら年齢で超えてしまうくらいになっている。
ありとあらゆる青春を過去としてさっぱり精算することが出来ればどんなに楽だろうか。この辺りの文章は、特にノスタルジーに突き刺さった。
クラスメイト、それに収まらない何かが詰まった関係性。
二度と取り返しの付かない日々を過ごしながら、そこにいない紅葉はそれでも巻き戻したいと願った。
彼女が浴びた光は、夜にどんな輝きを放っていたのだろう。
それを深く知ることは、まだ出来そうにない。
色は光によって浮かび上がるものだ。
それを遮ってしまえば、目に映るものは全て等しく夜である。
七瀬悠月は尚も止まらない。
いつか見た口調、どこかで見た挿絵を演じながら、千歳朔にダメージを与え続ける。その度に大きく反応してしまう朔の様子は、さながらノックバックのモーションのようだ。
今の七瀬悠月は、深く沈んでいる。
水中ならば、どんなに小さなものでも見落とすことは無い。屈折する鏡面がないからだ。
だから、見落とさない。
それがどんなに小さな澱であろうと、たとえラムネのビー玉であろうと。
チェッカー突破まで、あともう一息。
だがしかし。
どんなに溺れることがないとしても、暗闇とは人を不確かにさせるもので。
「もうすぐ勝てる」は、致命的なエラーを起こしやすいものだ。
0:乱反射
まるで鏡のような形をしている。
全てを見通しているみたいにぽっかりと空いた穴。それは全てを吸い込むようでありながら、全てがあふれ出るようでもある。
0という文字をこんな形にした人は、一体どんな事を考えてこんなものを作り出したのだろうか。
「まだ名前が付いていない」と、ナナは夜をそう称した。
その行動は間違いなく、甘えと慢心から生まれた綻びだっただろう。
曖昧な夜から転げ落ち、七瀬悠月へと戻った彼女は。
潮も、月も、そして涙も十分に満ち満ちた。
"クライマックス"はすぐそこにある。
答えを見つける為に、名前を見つける為に。
また1から、一歩を踏み出して。
遂に、学祭が幕を開けるのだ。
……開けてない!!!!!!!!!!!!
という冗談は置いておいて(詳しい事は後書きにも書かれていますからね)、今巻、問答無用で過去一アクセルぶっ放していたなという印象です。最終盤が怒濤過ぎる。怖い怖い。
溺れるってもっとちゃんと比喩っぽい意味かと思ったら本当に波打ち際歩いてたら海の底から足首引っつかまれて引きずり降ろされるタイプの溺れるだった。
そして何度も言及しましたが、今巻は「夜」と、その境界、そしてそれらの名前に重きが置かれている作品であったように思います。
最初に述べたように、だんだんと作品全体の雰囲気が昏く陽を落として行っている中、遂に夜という底のイメージが回ってきたわけで……ここから陽が昇っていくのか、それともさらに更けていくのか。
気になって夜も眠れないし現に深夜に書き始めたこれがもう朝の6時とかまでかかっているワケですが、ひとまず次巻を心待ちにしつつ、今から少しでも寝ようと思います。なんてこった
それではまた近いうちに。
悠かな月が満ちる、素敵な夜をお待ちしています。
(発売日当日に買いに行ったのにラフイラスト集特装版売り切れてた)
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