余計な一言を言ってしまった・・・嫌な気分に・・・
沈黙は金なり
トーマス・カーライル
2020年10月末、僕は今いるグループホームでは3階を担当しているのだが、11月からは1階に異動となった。その10月最後の3階夜勤。いつものように夜勤シフトに入り、ルーティンの作業を進めていく。実は僕には少々相性の悪い入居者さんがいる。Kさんという男性の入居者さんだ。
お風呂の時など楽しく会話もできるのだが、90歳近い男性だ。今の常識を求めても土台無理なのはわかっているが、態度が悪い時がある。薬の服薬時、スプーンで解除するのを極端に嫌がり、大声で怒鳴ったり、威嚇するようなそぶりを見せる。そして、一番嫌だったのが、Kさんはトイレで尿をすると、便座や床に撒き散らしてしまうのだ。他の入居者さんからも苦情がある。さらに、夜中、大量に、トイレットペーパーを使いまくる音、それらがずっと自分の中でイライラしてしまっていた。
その日の夜中、いつものようにトイレ掃除をした後、Kさんがトイレに行く。車椅子に乗って帰っていく。トイレを確認。やはりトイレが汚れている。ジアノックを使用して消毒を図る。その時点でイライラが結構高まってしまった。
1時間後、Kさんがトイレに行く。大量にトイレットペーパーを使いまくる音。トイレのドアが空いていたのでちょっと覗き込む。水を流すレバーのある台に、Kさんの尿を含んだパッドが置いてある。Kさんがトイレから出て部屋に入るところで、よせばいいのに、僕はKさんに声をかけてしまった。
「Kさん、このパッドちゃんとゴミ箱に入れて欲しいです・・・」
すると車椅子でトイレに戻りパッドを見たKさんが怒り出した。
「知らないよ、俺じゃない。俺はこんなところに置かないよ。いい加減なことを言うな!」と怒鳴り出した。
僕はそれ以上何も言わず、ため息をつきながらたっぷり尿を含んだパットを新聞紙に包み、汚れた床を拭いて無視をした。
これ以上言葉を発することでさらなる事態になるのを恐れたのだ。ブツブツ文句を言いながら車椅子で居室に変えるKさん。
まぁ、このパットはKさんだ。片腕が麻痺をしていて思うように体を動かせない。だからおしっこをするときも座ってすることが難しい、面倒というのもあるだろう。そういう事情を普段は理解しているはずなのに、最後の最後の時に言わなくてもいい一言を言ってしまった。3時から早番が来る6時半までとても情けない気持ちが続いた。
なんであんなことを言う必要があったんだ。事実であっても言うべきじゃない。罪悪感と未熟さを痛感して思わずうつ伏せになってしまった。Kさんは右腕が麻痺してるんだから、仕方ないのである。わかっているはずなのに・・・
すると、陽気な卓球の達人Yさんがトイレに行くためドアを開けた。
「あら、大丈夫かい?寝ないのは体に毒だよ。ちょっと寝ちまえばいいんだよ。わかりゃしないから」、と、いつもの調子で話しかけてくれる。認知症だから僕が仕事で寝ずに見守りをしていることはわからない。
でも、腹にしみる言葉だ。買ってきたリポビタンDを飲んで残りの夜勤、頑張ろう!気持ちを切り替え業務に戻る。
翌朝、朝食時、隣に座ったKさんが、テレビのハロウィン特集ニュースを見て、僕に一言。
「今日は、渋谷に行かないの?行くんだったら連れてってほしいね。」
とケタケタ笑いながら話しかけてくれた。
「こんなジジイが渋谷の交差点行ったら、以外にモテちゃうかな!?ワハハ!」
と昨夜のことをKさんなりに気遣ってくれたのだ。入居者さんに気遣わせてしまうなんて、情けない介護士だ。
と思うもののKさんの優しさが嬉しかった。
僕は、今日で3階が最後で、明日から1階に異動することを告げると、
「ああ、そうですか・・・さみしくなるね、またきてくださいよ」とこれまた泣ける一言。
その日の薬の服薬はスムーズに飲んでくれた。未熟な自分だけど、それでもこの仕事を今の所続けるしかない。続ける先に何があるんだろう。何もなく人生終わるかもしれない。帰りの車でいつものように大通りで神社がある路肩に止めてジャズを聴きながら仮眠をとる。
寒さがだんだん増してくる11月だ。車内の暖房が効いた空間にジャズはなかなか居心地が良い。人生何も好転してないし、兆しもないけど、Kさんとの心の交流で良くも悪くも何かを感じた夜勤。自分の人生では無駄ではないと思いたい。
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