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お別れ〜残された空間

 いつものように出勤するとまず、申し送りノートと呼ばれる記録と共有情報を確認するのがルーティンだ。そこには驚きの内容が書かれていた。

2020年10月4日
摘便や放尿が著しいMさんですが、当グループホームでの生活が困難であると本部が判断。残念ですが、ご家族と相談の上、退去となることが決まりました。退去日は10月17日。

このような一文が記されていた。そのノートからフロア内を見渡すと、いつも通り、Mさんが他の入居者さんと談笑をしている。もうお別れなのか。
そして、退去翌日の勤務。いつものように申し送りノートに目を通す。そこにはこのような記述が。

10月17日
退去当日。朝、M様に着替えをお願いするも拒否される。施設を訪れた娘さんが
「お母さん、行かないとダメなんだよ。今度は新しい施設だよ。」
「嫌だ、出たくない。アタシは出たいなんて一言も言ってない。ここからアタシは動かないよ!」とMさんの席のテーブルにしがみつく。そのまま説得を続け退去完了。

 M様の居室清掃は終わっています。タンス類にはジアノックで消毒も完了しています。と記載があった。確かにMさんの席に貼られたネームタグが綺麗になくなっている。そして居室はガランとした空間、斜めに放置されたタンスが。開けてみると、中は空っぽ。氷川きよしのポスターもなくなっている、僕が撮影した笑顔の写真も無くなっている。

 僕はふと、目を閉じる。
「アタシ、寂しがりやさんだから」
「昔はダンスを習ったんだよ、ワンツーチャチャチャ。」
「アタシ、バカになっちゃった。何もわからなくなっちゃった。」
「そんな、頑張ってよ、お兄さん、優しいから大丈夫よ。」
「アタシは尽くす女だよ。」
「昔は喫茶店をやっていて、いろんなお客さんにコーヒーや食事を出したもんだよ。」
「オムライスが得意だね」様々な記憶が蘇ってくる。

 もうMさんはいない。何処に行ったかも僕は知らない。ただ、医療施設だとだけは知っている。

 基本的に認知症患者が暮らすホームだから、Mさんがいなくなってもすぐに忘れてしまう。あれだけ一緒にいたYさんですら、いなくなって十分をしたらMさんのことを忘れてしまったのだ。新たに日常を刻むことになるのだ。
ただ、Yさん、夜無性にトイレに出てくることが増えた。

 「なんだか、いつもと勝手が違うのよ。何かしらね、トイレは何処かしら?」
と尋ねられる。毎日毎日、Mさんに付きまとわれ、一緒に行動したことはかすかに記憶に残っているのだろうか。そして今日も夜勤だ。この日記を認めたら出発しよう。

 Mさん、今までありがとう。夜中にダンスをしたこと、忘れないよ。
喫茶店の経営、客商売の大変さを会話の合間に教えてもらいました。

 ありがとう・・・・


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