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病理基本用語集#3 異型atypiaと異形成dysplasia

まず最初に
簡略的な結論を誤解を恐れずに言えば、

異型(atypia)=異常な形態(かたち)・・・それ以上でも以下でもない
異形成(dysplasia)=癌に向かって行く過程・変化

と考えて概ね差し支えない。
詳細については以下で説明する。


異型(atypia)・異型性(atypism)

形態的に正常から逸脱することで、腫瘍・非腫瘍を問わない。病理以外の領域でも、異型狭心症、異型肺炎(非定型肺炎)、異型抗酸菌症(非定型あるいは非結核性抗酸菌症)などの用語で使用される。

typical(典型的・定型的)に対する atypical(非典型的・非定型的)を思い浮かべるとイメージしやすいかもしれない。形態(かたち)が正常・定型的ならば typical で、異常・非定型的ならば atypical。

良性と悪性の判断基準の1つとして、異型正常からの逸脱が重要である。正常に近い細胞で、おとなしい顔つきであれば良性寄りを考えるし、正常からかけ離れた細胞で、おどろおどろしい顔つきであれば悪性寄りを考える(細胞異型)。一方、構築が整然として規則的であれば良性寄りを考えるし、構築がばらばらで無秩序であれば悪性寄りを考える(構造異型)。

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また、腫瘍の異型の程度を「異型度」として表現する場合がある。大腸腺腫の異型度分類では従来3分法が主流であったが、最近は診断一致率の観点から2分法が主流となっている。

▶ 3分法:軽度異型 mild、中等度異型 moderate、高度異型 severe
▶ 2分法:低異型度 low-grade、高異型度 high-grade

癌の正常からのかけ離れの程度を「分化度」として、高・中・低分化(well / moderately / poorly differentiated)あるいは未分化(undifferentiated)と表現する。癌のグレード Grade もこれに一致して用いられる。

▶ 高分化 well differentiated (Grade 1 / G1)
▶ 中分化 moderately differentiated (Grade 2 / G2)
▶ 低分化 poorly differentiated (Grade 3 / G3)
▶ 未分化 undifferentiated (Grade 4 / G4)


異形成(dysplasia)

本来の意味は「細胞や組織の分化・形態・構造が異常になること」であるが、今日的には特に上皮性病変では前癌病変の意味で用いられる。

例えば、上皮内癌に満たない上皮内腫瘍

▶ 扁平上皮異形成 squamous dysplasia
▶ 腺異形成 glandular dysplasia
▶ 尿路上皮異形成 urothelial dysplasia

と呼ぶほか、「がん」に満たない腫瘍性病変として、

▶ 肝の異形成結節 dysplastic nodule
▶ 骨髄異形成症候群 myelodysplastic syndrome (MDS)(実際にはがん相当)

といった用いられ方をする場合もある。

上皮性腫瘍の異形成(dysplasia)は、特に扁平上皮内腫瘍(squamous intraepithelial neoplasia)で用いられる。

軽度・中等度・高度異形成(mild / moderate / severe dysplasia)および上皮内癌(carcinoma in situ)4分法が従来用いられてきたが、近年は再現性の観点から low-grade / high-grade dysplasia(intraepithelial neoplasia)2分法が主流となってきている。

高度異形成と上皮内癌を相同とする3分法の臓器、上皮内癌に満たなければすべて「異形成」として一括する臓器もあり、臓器により分類法が異なっている。
なお、消化器腫瘍WHO第4版(2010)では、膵臓腫瘍で IPMN / MCN with low- / intermediate- / high-grade dysplasia と3分法されていたが、第5版(2019)では IPMN / MCN,  low- / high-grade と2分法表記されるようになった。

歴史的には、異型(atypia)と異形成(dysplasia)はしばしば混同して扱われてきた。臓器によっては mild dysplasia は反応性を含むという考え方もがあったが、現状では通常 dysplasia は反応性には用いないのが一般的である。ただし、古い認識のある人と話す場合には、その定義をきちんと確認しておくのが望ましいだろう。

また、異型と異形成の程度は概ね相関するものの、相関しない場合もある。特に口腔では分化型上皮内癌は、前癌病変としての段階は高度異形成・上皮内癌に相当するにもかかわらず、低異型度である。

近年の WHO 分類では high-grade dysplasia は carcinoma in situ に相当する「/2」のコードが付記されていることが多い。ただし、皮膚の上皮内癌に相当する Bowen 病は「/2」であるが、日光角化症は病理総論的に上皮内癌に満たない dysplasia 相当とされ「/0」とコーディングされている。この辺りの議論はまだ成熟しきっていないと思われる。

異形成(dysplasia)のあれこれ

血液内科医の言う骨髄塗抹標本での「異形成」:成熟障害および異型を示し、個々の系統の異形成があることが必ずしも MDS を意味しない

非上皮性病変ではしばしば「形成異常・奇形 malformation」の意味で用いられる。形成異常的な意味での「異形成」:fibromuscular dysplasia, fibrous dysplasia, osteofibrous dysplasia, angiodysplasia, epidermodysplasia (epidermodysplasia vercciformis Lewandowsky-Lutz), cortical dysplasia

また、日本の消化管分野、特に腺上皮病変では dysplasia はある程度限定されたシチュエーションでしか用いられないことが通例となっており、Barrett 食道や炎症性腸疾患などに関連したものが主たる対象であり、これは dysplasia を単に上皮内腫瘍の意味合いで用いる WHO および世界的な基準とは異なっている。

上皮内腫瘍(intraepithelial neoplasia:IN)等

【Intraepithelial Neoplasia】
CIN(cervical intraepithelial neoplasia)
VAIN(vaginal intraepithelial neoplasia)
VIN(vulvar intraepithelial neoplasia)
EIN(endometrioid intraepithelial neoplasia)
PIN(prostatic intraepithelial neoplasia)
PeIN(penile intraepithelial neoplasia)
PanIN(pancreatic intraepithelial neoplasia)
BilIN(biliary intraepithelial neoplasia)
AIN(anal intraepithelial neoplasia)
OIN(oral intraepithelial neoplasia)※推奨されない
DIN(ductal intraepithelial neoplasia)(乳腺)※推奨されない

その他
KIN(keratinocytic intraepidermal neoplasia)※推奨されない
CIS(carcinoma in situ)
SCIS(squamous cell carcinoma in situ)
AIS(adenocarcinoma in situ)
DCIS(ductal carcinoma in situ)
LCIS(lobular carcinoma in situ)
SEIC(serous endometrial intraepithelial carcinoma)
STIC(serous tubal intraepithelial carcinoma)
IDC-P(intraductal carcinoma of prostate)

なお、子宮頸部の扁平上皮内病変(squamous intraepithelial lesion:SIL)では、low-grade SIL は一過性の HPV 感染状態であり、非腫瘍性病変である。しかし、日本では CIN 分類も併記することが一般的であるため 非腫瘍にもかかわらず LSIL/CIN1 と intrapithelial neoplasia(dysplasia 相当)として記載され、本質的病態と実務上分類に矛盾が生じることもある。

“in situ” について

本来の意味は “in the original place” “in the appropriate position” 「その部位で」「その場で」「本来の位置で」であり、多くの場合「上皮内」であることを指す。

上皮内 intraepithelial のほかに、表皮内 intraepidermal乳管内・膵管内・導管内 intraductal などの用語も用いられる。どこまでを “in situ” とみなすは臓器により考え方が異なっている。

尿路上皮が好例で、非浸潤性であるが本来の構築を逸脱した乳頭状の癌を non-invasive papillary urothelial carcinoma と呼ぶ一方で、urothelial carcinoma in situ は文字通り乳頭状構造=構造改変を伴わない純粋な上皮内病変を指す。

また、多形腺腫由来癌では、多形腺腫内に癌が限局していれば “in situ” かつ "invasive" であり、さらに導管内などに限局し間質浸潤がないものは “in situ” かつ "non-invasive" である。



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