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『PERFECT DAYS』と団塊ジュニア

2023.3.13
 この町には映画館がない。隣県映画館は金曜日になると新作が出て上映時間などが変わることを知っていたが水曜日は遅くまで呑んでいる日が多いので次の日は朝寝坊が多く大体は木曜日に隣県まで行く元気がない。そんな感じでよく映画を見過ごしていた。しかし木曜日、寝坊予定の筈が何故か6時半に目が覚めた。隣県映画館の『PERFECT DAYS』朝1番10時10分の最終回、間に合うのでは?と車に飛び乗り滑り込んできた。この映画の前評判は人伝に賛否両論と聞いていた。鑑賞前に知っていたのはヴェンダースが監督、役所広司主演、後は予告編くらいで、映画館じゃなくてもいいか、と思っていたのだが、連続して知り合い達に「あの映画観た?」と聞かれるので、何か語りたくなる映画なのか?と俄然興味が出てきた訳である。もちろんヴェンダース監督であると言うのも動けた理由かもしれない。

 さて、早速映画を観た感想だが、賛否両論になるのが何となくわかった気がした。まず言っておきたいのは、主人公の仕事が「掃除」なのではなく「トイレ掃除」と言うところだ。「トイレ」の部分だけが取ってつけたように目立つ。全体的に言いたいことのバランスを崩しているようにみえる。あの性格の主人公を使い「トイレ」掃除とはなんとなく道徳的な押し付けがましさを感じてしまいあまり好みではなかった。しかも今風のデザイントイレで何だか胡散臭い。他にも主人公と他人との関係がわざとらしかったり、展開のベタさもあった。しかし、そのようなことに私は目を瞑った。目を瞑ったというよりはそこに全く興味がなかったと言ってもいい。映画を観ながらこんなことを言うのもなんだし、失礼な話でもあるのだが、正直この映画のストーリーはどうでもよかったのだ。まぁ、何となくドキュメント風に撮っている映画なのでそう思ったのかもしれない。下手にストーリーを作ろうとしない方が良かったんじゃないかとまで思う。何故なら映画の中の主人公の動作、仕草、映像や音楽が良かったのだ。だからそれに集中して観ていた。例えば映画冒頭から何度も繰り返されるルーティーンシーンは見飽きないどころか次第に心地好くなってくるので不思議だった。サントラも懐かしく、好みの選曲。空や木や人、いつの間にか主人公の目でいろんなものを見てしまう、というか、殆ど自分が平山(役所広司)になった様な気分になってくる。もちろんそうなるには何らかのスイッチがいるが、私には平山が毎朝聴く車の中のカセットテープがそれだった。今でこそレコードを聴いたりするが、学生時代はカセット全盛期だったのである。「カセットテープ」を見るだけで郷愁が体を包んだ。好きなカセットを借り、ダビングして自分好みのテープを作った。カセットケースにシールを貼る時の緊張感や、巻き戻しが終わった時の音や、カセットケースの中に挟む紙に曲名など書く楽しみを思い出す。失恋した時に友達が作ってくれたカセットや好きな子から貰ったカセット。胸がいっぱいになる。そんな時代に生きたのでカセットテープだけで彼の世界へ自然に入り込めた。サブスク音楽の味気なさに嫌気がさしていたことも手伝い、心はあの時代に巻き戻ったのである。

 私は今年50歳でいわゆる団塊ジュニアである。この団塊ジュニア世代というのは学生時代は携帯もパソコンも無し、社会に出始めてからそれらがボチボチ出てくる時代だ。私などは実際にノートパソコンを使い始めたのが20代後半でなかったろうか。そんなわけで今では当たり前のそれらがない生活を知っている。撮った写真を現像し破った思い出もある。どちらの時代にも良し悪しがあるが、とりあえずそれは置いておいて、コンピュータがあることと無いことの違いを最も感じている世代なのではないだろうか。例えば平山が毎朝家を出る時にドアを開けて空だかスカイツリーだかを見上げるその動作がある。私も今ではスマホで予定などをチェックして下を向いてばかりだが、昔は玄関を開けたら天気を確認するために空を見上げたものだった。そして夜は彼のように小さな手元の電気を付け、ベットで本を読んでから寝ていたのだ。

 こんなふうに、この映画の中には殆ど忘れかけていた小さなことや、今でもやりたいこと、好きなことなどが出てくる。時間を感じること、待つということ、人や自然などを観察すること、それらに気が付くことなど。そのような態度に改めて心の裕福さを感じ平山の1日1日が心に響いた。最後のシーンで平山がニーナ・シモンの「feeling good」を聴きながら運転するシーンがあるが、いつもと違い、その時は歌詞の内容まで聴いてそれを体中で感じつつ色々思い出している様子が伝わり何だか少しうるっときた。平山の顔だけが画面いっぱいにある長撮りシーン。最後のシーンとしてとても良かった。人のそんな小さな変化と喜びを見ること。ストーリーには興味がなかったが、昔を知る自分には肌で感じるリアリティがそこにはあった。

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