日記 #2

23.6.24.

 留学のフライトの手配をしたりE.フロム『自由からの逃走』をめくってみたりしていたら、急に友達から電話がかかってきた。暇らしい。近場でお茶くらいなら、ということで急いで髪をセットして数駅隣の喫茶店に向かう。
 白LARKを吸いながら友人の話を聞く。話だけは折々に聞いていた意中の女の子から返信がなくなってしまったらしい。まさに今日会うはずだったのに、一週間前から既読がつかないまま。そりゃあ切られたね、と笑ったら、友人は「10万かけて服揃えたのに…」と歯痒そうに目を瞑っていた。
 僕らはその女の子のことなどすぐに忘れて彼の仕事と人生観について話すのに夢中になった。彼は今の仕事をそろそろやめるつもりでいる。諌めたが言っても聞かないし、彼なりの考え方もあるようで、そもそも人の人生なので口を挟むのはやめにした。ただその過程で、「お前だって幸せになるために生きているだろ?」と言われたので、そちらには明確に否定し丁寧に説明を加えた。僕はただ単に生きている。それだけだ。体があり欲もある以上何かしらの目的を持って行為することはあるが、その小さな目的が連鎖し重なり合った「僕」という歴史は、「幸福」のような一言に収束し得るものではない。あるいは収束させたくない。世界の複雑さをできるだけ損わずに生きたい。(まだ)社会人は興味深そうに頷いてくれた。
 本当は珈琲一杯で帰るつもりだったけれど、温まりきった場が勿体なくて、近くのラーメン屋に寄ってから帰った。唐揚げが届くのを待っていたら、彼を誑かした女性への苛立ちが無性に募った。

 帰宅してから谷崎潤一郎『秘密』を読む。今日のあれこれの隙間時間に少しずつ読み進めていた。最近ことあるごとに谷崎を読んでいる。

朦々と立ち罩めた場内の汚れた空気の中に、曇りのない鮮明な輪郭をくッきりと浮かばせて、マントの蔭からしなやかな手をちらちらと、魚のように泳がせているあでやかさ。

谷崎潤一郎『秘密』

 耽美趣味はないけれど、谷崎の描く女性は気持ち悪いくらいに美しく感じる。

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