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留学日記#79 24.3.20.

 就活のせいで気分が悪くなる。面接で自分を否定されたり、あえて脳を疲れさせるようなテストを繰り返し解いたりしていると、結果が出る前から不安になって気が滅入ってしまう。特にWEBテストは酷い。今日は二社ぶん解いて出したが、「美しいものは好きか」、「手先は器用か」、「人混みは嫌いか」「出しゃばるほうか」「議論の矛盾をすぐに見つけてしまうか」…こんな質問を一日に300問も受けていたら気が詰まるのも突然だ。ESに表象された「私」とこの「僕」との距離を見つめ直す。「私」は決して虚構ではない。しかしそれは完全に僕そのものだというわけでもない。

 就活中の日本人と話していたら、自分の就活の粗が見つかった。僕は「言葉」という言葉を繰り返してESに書き面接で語ってきたわけだが、この「言葉」とはどうやら一般的には非論理的で情動的なものだと見なされているらしい。言葉とはロゴスであり論理なのだから、だとかそんな話を抜きにしても、僕は「言葉」が論理的なものであるということを暗黙の前提としていた。面接で感じた齟齬の原因がわかった。反省する。テクニカルタームをそうと見抜けなかったことというより、相手の理解度を気にかけず、一方的に高度なリテラシーを要求してしまった無闇さについて。

 大学の東アジアアソシエーションが映画上映会を定期的に催している。今はクィア映画週間で、日本や台湾のクィア映画が毎週上映されている。今日はレイ・ヨン『叔・叔』だった。香港の高齢者男性二人の不倫が描かれる。生活の痕跡が何度も無音でカットインされるわけだが、何もなさが連続してフラッシュバックするラストシーンがあまりにも美しい。愛や贈与を示唆する赤色も、ジェンダーロールへの悲しみを匂わせる青色も、すべてが教会において淡く脱色されていた。そこには日常に見え隠れしていた静謐さが満ちている。あるいはあらゆる境遇を超えた透明さが。神秘の領域。

『叔・叔』上映会フライヤー

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