白衣の裾

白衣の裾が濡れている

手を洗った水でも飛んだのであろうか
子どもが汚れた手で触ったのであろうか
そんな疑問を抱えながら
私は診察室へ向かった

診察室で我が子を抱く母の姿は
他では見る事のない
高潔さを湛えている
その零れる言葉は 時に か細く
瞳は 時に怒りさえ感じさせた
強くて 儚げな
その様な高潔さ

学生時代
マウスの子どもを解剖する事があった
子どもを取り上げられた母マウスは
全てを悟ったかのように 
ぴくりとも動かなくなった
ああ 今母親は泣いているのだ
そう思わずにはいられない母親の姿もまた
寂寥感に包まれながらも
とても気高いものであった

裾が濡れた答えも出ないまま
今日の診察は終わりを迎えようとしていた
そんな終了間際の診察室に
私を抱いた私の母が
診察室に飛び込んで来たではないか
私は息も絶え絶えで
虚ろな瞳で母にしがみつき
母は零れる涙も隠さずに
私の病状を荒げた声で説明し始める

そうだ そんな事が私にもあった

小児科医の白衣の裾は
理由もなくよく濡れる

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