コントラスト

診察室に飾ってある
額に入れられたポスターを眺めていた
長年陽の光に晒されていたから
すっかり色褪せてしまって
全うすべき天寿も忘れられた様に

「昔は子供に人気だったんですよ。そのポスター。」
って、ベテラン看護師が教えてくれた。
「昔の事を思うとなんだか悲しくなっちゃいますけど。」
いつもと変わらぬ笑みには目尻の皺が踊っている。

このポスターを眺めながら
こう思って見てもいい。

「これじゃ俺と同じじゃないか。」

届いた野球部の同窓会名簿に
目を通すのが億劫になった。
同窓会にも長らく顔を出してない

時計の針が5時になるのを待っては
タイムカードを押す
小一時間電車には揺られたならば
妻の顔を伺いながら、ビールの缶を開ける。
その繰り返しが今の私なのだ

ハグレモノだから
名簿を飾る立派な肩書も無ければ
命を削って取り組む仕事でもない
夢なんて言葉が残酷に私を切り刻む
住宅ローンが頭から離れない

そんないつもの帰り道
薄暗い電車で
あの頃の私が隣の席に座っていた
彼は何もかも見透かした様に
私にこう尋ねるのだ

「ねえ、今のあなたの夢ってなんですか?」
って

二人の私を乗せたまま
電車は時空を超えていく

太陽は容赦なく僕の影を浮き彫りにして
キーンと金属バットの音が響けば

あと数センチ
グラブをかすめて飛んでいく白い球

その先に何があるかも知らないまま
日が暮れるまで汗に塗れた

今も変わらぬ笑顔で
みんなが僕を包み込んでしまって

スパイクでグラウンドを踏みしめ
僕は二本の足で立っていた

僕は生きていた
その瞬間間違い無く僕は生きていた




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