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日本語版解説を執筆した「ロシア・アヴァンギャルドの時代 未来派と伝統派」が11月に発売されます(博論日記102/365を兼ねて)

不肖わたしが日本語版解説を担当したCDボックス「ロシア・アヴァンギャルドの時代 未来派と伝統派」が、11月に発売されることになりました。タワレコのホームページだと11月18日発売になっていますね。

↑こんなCDが出ます、という告知自体はすでに3月頃からさせていただいており、実際当初の発売は3月を予定していたのですが、コロナ等の流通関係の問題で発売が数度にわたって延期になってしまっていました。11月の発売は正式に決定ということで、これ以上延びないと期待しております。これ以上の変更があったら、私が原稿の校正〆切を破ったとか、そういうことになるんじゃないかなと……。

ロシア・アヴァンギャルド音楽の研究に関しては、今わたしは1910〜20年代のロシア・ソヴィエト音楽の研究を生業のひとつとしていますので、かなり力と愛を注いで書かせていただきました。最新研究や未刊行のアーカイヴ史料に準拠したことを惜しみなく書かせていただいています。今Wordを数えたら、単純計算で原稿用紙70枚くらいの分量になっていました。ちょっとした短編小説くらいの分量ですね。ということで、もしよければ日本語解説付きのものをご購入いただけると嬉しいです。是非予約いただけますと嬉しいです!(上記の小品リンクはどちらとも日本語解説付き版です)

このボックスセット自体の内容をお話しますと、8枚のCDに
アレクセイ・スタンチンスキー(1888〜1914)
ニコライ・ロースラヴェツ(1880/81〜1944)
ニコライ・メトネル(1879/80〜1951)
アルトゥール・ルリエー(1892〜1966)
アレクサンドル・モソローフ(1900〜1973)

の作品が収められています。このうちメトネルだけは、活躍した時代は少しかぶっていつつも、やや毛色の違う、誤解を恐れずに言えば生涯調性の枠から出ることがなかった「後期ロマン派」的な作曲家で、ふつう「ロシア・アヴァンギャルド」に数えられることはありませんが、彼がここにいることで、「1910年代〜20年代」という時代のロシア・ピアノ音楽の多種多様さをうかがい知ることができるのではないかと思います。

なお、ロースラヴェツ、ルリエー、モソローフについては今発見されている限りのすべてのピアノ作品が収録されており、スタンチンスキーは前半生の作品が、メトネルはピアノ・ソナタが5曲(「3部作」を一作品として数えると3曲)収録されています。

それぞれの作曲家の生涯と作品の詳細については解説を読んでいただければと思いますが、個人的にぐっと来た作品を数曲ずつ挙げてみたいと思います。

・スタンチンスキー《前奏曲 変ロ長調》、《前奏曲とフーガ》
スタンチンスキーがモスクワ音楽院に在籍していた頃の若手作曲家のアイドル的存在はスクリャービンでした。繊細かつ大胆で新しい響きを持つ作品を次々と生み出していく兄弟子(ふたりとも音楽院ではタネーエフ門下でした)。代表曲の響きからすると全く真反対の存在に見えるプロコフィエフもストラヴィンスキーも、ある時期にはスクリャービンへの尊敬を隠しませんでした。スタンチンスキーは、学習期の作曲家の常として先達の模倣から出発していくわけですが、この二曲はそんな学習機に別れを告げる作品だと思います。《前奏曲》は刺激的なリズム・伴奏と民謡調の旋律が、《前奏曲とフーガ》ではタネーエフ直伝の超複雑な対位法が、スタンチンスキーが見出そうとしていた新境地を我々に聞かせてくれます。2曲の《ピアノ・ソナタ》や、これまた複雑な対位法による数曲の《カノン形式の前奏曲》を遺しながら、1914年に早世してしまう。その後どのように彼の語法が発展していったのかを聴きたかった。実に惜しまれる作曲家です。

・ロースラヴェツ《ワルツ》
ロースラヴェツは、1980年代の「再発見」以来、同時代の作曲家にしては比較的録音数が多い作曲家です。そんななかでもこの《ワルツ》を始めとする数曲は、存在が知られつつも未出版の状態が続き、なかなか聴くことの出来ない作品でした。こうしてここで「全集」のかたちで収められていることに感謝ですね。ロースラヴェツという作曲家はどちらかというと「前奏曲」や「詩曲」などと題名をつけて様式をぼかして音楽を書く作曲家なのですが、《ワルツ》ははっきりと古典舞曲の三拍子の様式に則って書かれていて、それが却って新鮮に響きます。

・メトネル《おとぎ話ソナタ》作品25-1
この曲についてなにか語ることがあるのかという一曲ですが。序盤・中盤・終盤、隙がなく構成された見事な一曲ですよね。三楽章形式のソナタとしては短い12分という音楽ですが、凄まじい密度のある曲で、ぜひ聞き流すのではなく耳を傾けて聴いて欲しい。というか、今回収められている5曲(3曲)は、どれももう少し定番化してもいいと思っている曲なので、これを機に是非皆さんも聴いたり演奏したりしてみてください。

・ルリエー《ソナチネ 第3番》(1917)
ルリエーもスタンチンスキーと同じくスクリャービンと、それからフランス印象派の音楽の模倣から出発した作曲家だと思うのですが、ロシア革命直前になってくると、同時代の最前線を行くアクメイズムの詩人や未来派の芸術家たちとの知己を得て、劇的に作風を変化させていきます。特にこの曲は、私見によればアクメイズムの古典美を重んずる態度と未来派の伝統破壊的な雄々しさ(「プーシキン、ドストエフスキー、トルストイを現代の汽船から放り出せ」というマニフェストの断片が有名です)――その2つが融合している作品なのではないかと思います。若書きなので、勢いに任せていくような部分もありますが、裏を返せばそこが魅力。もちろん後年の「新古典派」的作品も、「アヴァンギャルド」的観点からするとともすれば軽んじられがちですが、ストラヴィンスキーとはまた異なる響きがあって侮れません。

・モソローフ《ピアノ・ソナタ第5番》作品11
《鉄工場》という交響楽作品で有名な彼。ピアノ作品については、現存するものは初期に固まってしまっており、その数も多いとは言えないのですが、とにかくものすごいものを残しています。音と音がぶつかり合う激烈な不協和音と、まるでワープするかのように居場所トポスを変えていく、あたかも現代性を描き出すかのようなスタイルを楽しんでもらえればと思います。
個人的に好きなのは第5番のソナタ(2番も捨てがたい……)。途中で民謡の編曲が出てくるのですが、様々な形でひずまされていて、同時代の先端を行く若手作曲家としての矜持を感じないわけにはいきません。

というわけで、長々と語ってしまいましたが、そんなわけで「ロシア・アヴァンギャルドの時代 未来派と伝統派」、私が解説を書いたこととかは抜きにして、強くオススメします。8CDで6600円というのは、一枚あたり825円ということですから、かなりお得なボックスセット+解説になっています。せっかくですから日本語解説版を買っていただいて、ぜひ楽しんでいただけますと嬉しいです。

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【終刊しました】日本と某国莫市の大学院で博士課程(専門:ロシア音楽史)に在籍している学生が博論(2本書かなければいけない)の日常生活、読書、進捗の記録です。音楽に興味のある方、海外の博士課程に興味のある方、ぜひ覗いていってください。

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