禍話短編映像脚本「解体の壺」

これは禍話を原作とした短編映像の脚本です。
脚本という性質上、原話からの少なからぬ設定の変更・脚色などを伴いますので、ご留意いただければと思います。

この脚本は夏目太一朗監督による禍話短編映画の脚本募集に応募し、映像化していただける運びとなったものです。
2022年12月18日開催の「東京禍演~2022冬~」にて『怪奇劇場 禍ZONE』のうち一作として発表されました。関係者様方に厚く御礼申し上げます。
撮影の便などのために、映像と脚本の内容が異なる場合がございます。

(1月1日までアーカイブ視聴可能です)


語り手  男性。大きなカバンを抱えている。
聞き手  女性。

男    声のみ
作業員1 声のみ
作業員2 声のみ

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○現在 インタビュー映像①

  語り手が話すのをビデオ撮影する体
  語り手、机を前にしてこちらを向いて座っている。
    カバンを抱えている。

聞き手 
「はい、それじゃあどうぞ」

  聞き手のどうぞ、という手振りの手だけが画面に映る。

語り手
「えーっと、そうですね……はい……今はもうそんなことないんです  けど、ちょっと前まで転勤の多い生活をしてたんですよ。一箇所に……(視線を泳がせる)短いと半年いるかいないかでしたね」

○過去 アパートの室内❶

  語り手、荷ほどきをしている。

語り手ナレーション(N)
「だからまあ、自然と安いアパートを渡り歩くことになっちゃって。ひどいとこはホントひどいんですけどね、どうせすぐ出てくんだからまあいいか、って。その時も……まあ、そんな感じだったんですが……」

  語り手、立ち上がってカーテンを開ける。

語り手N
「道の向かいに立ってるアパートがね、輪をかけて酷かったんですよ。台風とか来たらこれヤバいんじゃないかな、って感じで。廃墟同然……っていうか廃墟そのものですよ。無人でしたし」

  語り手、ダンボールの上から三つ折りになった紙を取り上げて眺める。
  「解体工事のお知らせ」という通知文。

語り手N
「ちょうど取り壊しの話も出てたみたいで。工事がうるさいだろうなとは思いましたけど、そんな建物残しておいて不審者とかに住み着かれても嫌じゃないですか」

○過去 アパートの部屋❷

  語り手、日常生活を送っている様子。
    食事/仕事に出かける/掃除など3場面程度。
  部屋はだんだんと雑然としていく。

語り手N
「……でも、その工事ってのがなかなか始まんなくて。近所の人が話してるのをちらっと聞いたんですけど、どうも、お祓いでもしたほうがいいんじゃないか、って話になってるらしいんですね」

  日常生活動作からの流れでカーテンを開け、窓の外を眺める。

語り手N
「変ですよね。建てる前の、アレ、地鎮祭? ならともかく、取り壊しのときにお祓いって……それがまあ、理由っていうのも変な話らしくて……」

○現在 インタビュー映像②

語り手 
「祭壇があるっていうんですよ。こう……」

  語り手、片手で台状のものを表現しようとして止め、
    笑い交じりに続ける。
語り手 
「いや、私も見たわけじゃないからよくわからないんですが、たぶん祭壇だろう、っていうものが、どっかの部屋にそっくりそのまま残されてるとかで。あんまり見ない感じのもので、どうも仏教とか神道とかそういう関係じゃないだろうって話でした。で、それを動かそうとすると良くないことがある、ってんで、業者さんが困ってると……私も小耳に挟んだだけなんで、詳しいことはよくわからないんですがね」

  語り手、カバンを抱えなおす。

○過去 アパートの部屋❸

  室内に、カーテンを透かして昼の光が差し込んでいる。
  語り手、寝具の上に横になっている。
    漫画か何かを読んだり、寝返りを打ったりする。

語り手N
「その日は仕事が休みで、でもどこか出かけようって気分でもなかったから、だらしない話なんですが、ずーっとごろごろしてたんです。
そしたらね、外から聞こえてきたんですよ」

  自動車の排気音、停止する音、ドアの開け閉めの音。
  語り手、鬱陶しそうに視線を窓へ向ける。
  作業員1、2の不明瞭な話し声や作業音が適宜続く。

語り手N
「こう……人がね、何人か出入りしてる物音っていうか……4,5人……そんなに大人数、って感じではなかったです。扉の開け閉めとか、荷物運び出してるのかな、とか、ちょっとした話し声とかそういう物音です。あー、前のアパートだなってわかりましたよ。でもね、取り壊しだったら前準備とかなんとか、そんな様子が数日前からあってもいいじゃないですか。でもそうじゃない。それじゃあいよいよ例のお祓いするのかなって」

  語り手、横になったまま窓へと背を向け、目を閉じている。

語り手N
「しばらくは何かを……多分軽トラかな、車に積み込んだりしてたみたいなんですけど、少しして車が行っちゃって」

  自動車のドアが閉まり、走り去る音。

語り手N
「それでもしばらくは残った人たちがごそごそしてたんですが、いきなりね、」

作業員1
「(明瞭な声で)あのー、これ、どうしましょうかねえ?」

  語り手、外からの声に目を開ける。

語り手N
「そんな言葉が耳に入ったんです。はっきり聞こえたもんで、ついつい聞くともなしに聞いちゃって。そしたら、」

男   
「ああ、これは割ってしまいましょう」

語り手N
「そう答えるんですよ。何だかその声だけやけに穏やかっていうか……上品っていうか……ちょっと雰囲気が違ったんです」

作業員1
「え、割っちゃっていいんですか? 何かあったりしませんかね? だってこれ……ねえ……?」
作業員2
「ねえ……絶対何かこう……色々入ってたでしょ、この壺」

  語り手、眉を寄せて視線だけで窓のほうを伺い、
    そのまま緊張感を持って伺い続ける。

語り手N
「壺、って言ったんですよ。しかも色々入ってた壺って。ちょっと気味悪いじゃないですか」

男 
「いえいえ、これはね。結局のところ作った人間に知られなければいいんですよ」
作業員2
「はぁー、そんなもんですか」
作業員1
「(重なるように)へえー」
男   
「はい。私たちがしゃべったりしなければいい、それだけの話です」
作業員1
「てっきりヤバいもんだろうからって、ねえ」
作業員2
「うんうん、そりゃあ丁寧に扱わなきゃいけないもんじゃないかって、ねえ」
男   
「ええ、もう壺としての用途をですね、無くしてしまったほうがよくて」
作業員1・2
「(口々にへえ、はあ、なるほどというような感嘆の声)」
男   
「だからいいですか、しゃべらなきゃいいんです。ね、皆さん。黙っててくださいよ」
男   
「(突然荒々しい大声で)だからなあ! おい! そこの寝てるお前もなあ! 誰にも言うんじゃねえぞお!」 

  語り手、飛び起きる。
  少しの間を置いて、だんだんと視線だけを窓へと向ける。

語り手N
「……心臓が口から出るかと思いました。外から見えるわけないんですよ。部屋に僕がいるなんて、僕が聞いてるなんて外からわかるはずないのに……でも、すぐにわかったんですよ。あ、僕に向けて言ったんだ、って。で、怖かったんですけど、外を見てみたんです。そしたら……」

  そろりそろりと窓へ近づき、膝立ちで、もしくは屈んだまま、
    おそるおそる細くカーテンを開いて外を見る。

語り手N「……誰も、いませんでした」

  カーテンを閉め、その場に座り込む。
  両手で顔を覆って深く息を吐く。

語り手N
「少ししてその土地での仕事も終わりまして。でも結局、僕が知る限りそのアパートは取り壊されないままでした。担当の業者に何かあったとかは……特に聞きませんでしたけど、たぶん……手を引いたか、他の業者に代わってもらったかしたんでしょうね。お祓いも失敗したんでしょうし……ねえ……」

○現在 インタビュー映像③

語り手 
「あ、話しててふと思ったんですけどね。もしかしたらあれ、あの日の人たちって……偽物だったんじゃないかな。業者とか、お祓いの人とかのフリをした誰かが、何かを回収しに来てた……とか。考えすぎですかね?」

  語り手、笑ってカバンを抱えなおす。

語り手 
「すいません思い付きで変なこと言っちゃって……これで終わりです」
聞き手 
「……はい、OKです。貴重なお話ありがとうございました」
語り手 
「(ほっとしたような笑顔)いえいえこちらこそ」
聞き手 
「あ、ひとついいですか?」
語り手 
「はい、何でしょう?」
聞き手 
「いえね、その……お祓いの人、ですか? 話したらダメ、って言ってたじゃないですか。(冗談めかして)なのに結局ここで話しちゃってんじゃーん!って思ったんですけど……大丈夫ですよね?」

  語り手の笑顔から感情が消え、張り付けたような笑顔になる。
聞き手 
「……あの?」
語り手 
「(食い気味に)大丈夫ですよ」
聞き手 
「え?」
語り手 
「(笑顔のまま早口でまくし立てる)大丈夫ですよほら言ったじゃないですか結局のところ知られなきゃいいって話なんで。それじゃあ失礼しますね」

  語り手、乱暴に立ち上がり、持っていたカバンを前の机に置く。
  そのまま大股で出ていく。

聞き手 
「えっ、ちょっと!」

  聞き手、立ち上がり部屋の出口近くまで後を追うが、
  足を止め、カバンのほうへ振り向く。

聞き手 
「(困惑した調子で)はぁ?意味わかんない……あの! このカバン(去っていった語り手へ向け張った声がだんだんと沈む)……」
  
  聞き手、カバンを開けると、風呂敷に包まれたものが現れる。
  恐る恐る風呂敷をほどく。
  聞き手、小さな悲鳴を上げ、そのまま部屋を飛び出していく。
  カバンの中から姿を見せた壺だけをしばしカメラが映し出す。
  画面暗転。

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メモ:以下は脚本を書きながら考えたことです。

・できるだけ省エネになるように、話題になっている「前のアパート」を一切画面に入れない映像にできないかと考えました。同じ理由で、インタビュー場面は固定されたカメラからの映像だけで構成できないかと考えています。
・語り手と男の声は男性がいいと思いますが、その他にこだわりはありません。むしろ男の声は語り手と同一の方でもいいかもしれません。
・語り手が住んでいた部屋は洋室でも和室でも構いません。カーテンは適宜襖などに変更していただければそれで大丈夫です。
・「解体工事のお知らせ」の通知書は、雑な業者が仕事をやっているんだろうなというのがわかるような感じ(コピーをくりかえして字が潰れてきているor手書きをコピーしたものなど)だといいと思います。


出典

シン・禍話 第八夜 

リライト版