【第5回】 夏休み

 今日で9連休が終わる。短い夏休みだった。せっかくなので夏休みの話をしよう。私の人生にサマーウォーズほどの広い和室、賑やかな親戚、美しい朝顔は存在しなかったが、それでも和室で暑いねと言いながら素麺を食べて甲子園を見るような、夏らしい夏の記憶がある。

 私には同い年のお兄ちゃんがいる。双子。そのお兄ちゃんとよく遊んだ。私と彼はいつも一緒だった。私たちの夏休みは、たいてい決まっていた。一緒に夏期講習へ行き、協力して学校の宿題を終わらせて、そして自転車に乗ってプールに行った。
 当時私たちは水泳教室に通っていたから、泳ぐことが好きだった。どんなときに、どの程度プールへ行っていたのかもう思い出せないけれど、少なくとも中学生までは何度も夏の間プールへ通っていたはずだ。家から自転車で20分ほどの距離に大きなプールがあった。市営だが、流れるプール、波の出るプール、子供用プール、ウォータースライダーなどがある立派なプールだった。200円の入場料を払い、私たちは意気揚々と更衣室へ別れる。と言っても、待ちきれない私たちは自宅からすでに水着を着用していたから洋服を脱ぐだけだった。シャワーを浴びてゴーグルを首から下げてビーチボールを持って流れるプールへ入る。7月はまだ、シャワーもプールの水も冷たくて唇を紫色にしながら泳いだけれど、8月の半ばになると温くて拍子抜けしてしまう。温泉みたいだった。
 私たちは流れるプールを何周もした。はじめは泳いで、次は潜ったり追いかけっこして、その次はビーチボールで遊び、そして浮き輪で浮かんだり流れに身を任せて。あえて壁に捕まって流されない遊びもした。流れよりも早く流れようともした。知らない人を観察したり、お兄ちゃんが油断している間に足を掴んだりした。(危ないからやめてね)
 流れるプールに飽きると、波が出るプールへ行く。10分間隔くらいで、5分間海のように波が出る。プールの形状も海を模している。近場は浅くてだんだんと深くなっていく。波があると、頭までかぶってしまうくらい深かった気がする。一番奥へ行くと呼吸をするためにジャンプし続ける必要があった。ずっと飛んでいないとまともに会話できないことがちょっと楽しかった。疲れるけど。波のプールではサーフィンと同じ要領で、浮き輪で上手に波に乗ろうとする。全然うまくいかないのだけど、たまに上手に波に乗れる。波に乗れると自分が思っている以上に浅いところまで流されるのだ。お兄ちゃんが波に押されて遠くへ行き、そして最後にはバランスを崩して転がっていく姿を懐かしく思う。
 そして、何よりもウォータースライダーが楽しかった。ウォータースライダーもなんと2つのコースがあった。ひとつは、一人で寝そべって流されるもの。もうひとつは浮き輪に乗って流されるもの。こちらは一人乗りと二人乗りがある。私たちはいつも二人だったので、一人乗りの楽しみも二人乗りの楽しみも好きなだけ味わうことができた。ああ、楽しかったなあ。田舎のプールとは言え、やはりそのスライダーは人気で、いつも少し並ばなくてはいけない。地面が太陽で熱されて、足の裏がじりじりと焼ける感覚がして、慌てて水に触れた。階段を上るほどどきどきして、こんがり肌が焼けた水着にTシャツを着た監視員のおねえさんに「次の人どうぞー」と言われるのをまだかまだかと待った。勢いによっては、乗った浮き輪が逆向きになって、最後まで逆向きのままプールに投げ出されることがあった。ひっくり返って鼻に水が入ってツンとするのを、お兄ちゃんと笑った。滑り終わった私たちはまた、急いでスライダーの列へ走っていく。そして、監視員のかっこいいお兄さんに走らないでと怒られるのだった。
 泳ぎ疲れておなかがすくと、だいたいチャルメラしょうゆ味を食べた。これがすごくうまいのだ。私の人生で、このプールで食べるチャルメラを超えるおいしいラーメンはないんじゃないかと思うほどにおいしかった。これはお兄ちゃんも同じことを言っている。
 空腹を満たし、体を休ませたらもう一泳ぎして、肌寒くなってきたら着替えて自転車に乗って帰る。田んぼ道を自転車で疾走するときの、目に映る一面の稲の緑とほどよい風が気持ちよくて、お兄ちゃんとくだらない話をしながら自転車を漕いだ。走っていくうちに髪の毛が乾いていく。プールに入った後の全身の気怠さと空の青さ、流れていく雲を鮮明に覚えている。
 帰宅した私はプールセットを洗濯機に突っ込んで、和室で窓を開けて、プーさんのイラストが描かれたピンク色のタオルケットをかけてお昼寝をした。たぶん、お兄ちゃんも昼寝をしていたような気がする。畳の香りが気持ちよかった。これが私たちの定番の夏だった。

 高校受験の準備で忙しくなってからは、あまりお兄ちゃんと一緒に遊ぶことはなくなったけどずっと仲はよかった。昨年は一緒に沖縄でスキューバダイビングをした。これから先はどうなるか分からないけれど、きっと私はプールに通い続けるし、お兄ちゃんともほどほどの距離感で仲良くしているのかなと思う。夏休みがずっと続けばいいのにな。


清水優輝

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