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雨上がりの傘


また折れてる。


息子の傘はひと月ともたない。
本人は何も言わないけれど
開いてみると折れている。

「なんで?どんな使い方しているの?」

「うーん、わからん。」
と、首をかしげる。

ある日の午前中、
どしゃぶりがあがった初夏の
眩しい昼下がりのこと。

狭い道路を家路に向かっていた。
車の少ない道路だから、
水たまりもできていて、
跳ねないようにスピードを落とす。

うん?
左の曲がり角の先に何か見えたぞ。
男の子の姿だった。

くるりと曲がりもう1度来た道を戻り、
左の角を曲がった。

いたいた。男子2人。
何してるのかな?

近づいてみると、道路横の空き地に
たまった水たまりで遊んでいた。

 「ぎゃー! ガハハハハー。 
       かけすぎじゃー」
 「ザマーミロー」

息子だった。

子供会の仲良しの年下の男子と
そりゃもう楽しそうに水遊びしている。
笑いすぎて、よだれまでたらしいている。

ひしゃくがわりに使っているのは

傘だった。


ダブダブに雨水をいれて
振り回している。
折れるはずだ。
そういことか。
何が「うーん、わかんらん」だ。

息子はいつも脳天気だった。


でも
赤ちゃんの時は違っていた。

2人目の長男として待望の男の子として
我が家に迎えられた。
同居している主人の両親は
目の中に入れても痛くないように
可愛がった。

でも寝ない子だった。


30分寝るために1時間泣いて
起きてまた1時間泣く。
結局お昼寝させるために2時間
あやさなければならなかった。

長女がコロリと寝る子だったから、
この毎日のお昼寝が辛かった。
それに男の子の母乳を飲む量は
半端じゃなかった。
リンパ液まで吸い込んでるじゃなかろうかと
思うほどに、母乳を飲む。

私はみるみる疲弊した。
ミルクを足さないと無理だった。

目を離すと長女がチョッカイをだす。
やっと寝せた、と思うと泣き出す。

2人目の子育てがこんなに大変だと
思わなかった。
夫もその頃とても忙しくて、
土日は月に2回は県外に出ていた。

長女の時は寂しく感じた
義母の子守も
長男になるとありがたく
ずっとお願いします、と
言いたいくらいだった。

が、夜になると夫も帰りが遅く、
古くて広い家だったから
入浴、就寝の世話が
真冬は本当に大変だった。

子供達との暮らしはもっと
楽しいものだと思っていた。

すっかり余裕をなくした私は
長男を可愛いと思えなくなっていた。
泣かれるのが辛くて、
眠ってくれないのが辛くて、
この子はいつ落ち着いてくれるのだろう

早く大きくなって
早く大きくなって

心の中で、いつもそう願っていた。


そんな私の気持ちをよそに
長男はなかなか歩かなかったし、
言葉も遅かった。



1歳を過ぎても息子は
歩かなかった。
頭が大きくてフラフラするのが
怖いみたいだった。
言葉も少なく、
意地悪する姉に悔しいのか
おでこを床にぶつけながら
泣いていた。

こんな年齢で自傷行為とも取れる
行動をすることも
余計に不安に感じたし、
いろんなことに焦りを感じて
しまっていた。
夫に相談しても
そのうちおさまるよ、と
気にも留めていない風だった。


ある日、遠方に就職した歳の離れた弟が
遅い夏休みを取って遊びにきてくれた。
動き回る長女と歩けない息子を
1人では見れなくて
普段は連れて行けない
遊具のある大きな公園に
一緒に出掛けた。

真夏の日差しが和らいだ
気持ちの良い秋日和で
久しぶりにいっぱい遊べて
長女もご機嫌で
私も嬉しかった。

弟と長女は芝生に寝転がり、
気持ち良さげにしていた。


すると眠くなったのか
息子がぐすりはじめた。
11キロある息子を
抱っこしてあやすのが大変で
私の口調もだんだんキツくなった。

見かねた弟が言った。
 「もう少し優しくあやしてあげなよ。
  なんだか◯君に冷たくない?」

責められている気がしてドキッとした。
少し泣きそうになりながら
言い訳した。


「だっていつもなかなか
 寝てくれないんだもん。
 重くて大変なんだよ。
 いつまでも歩かなくて。

 でも大丈夫!
 私の代わりに
 おじいちゃんとおばあちゃんが
 目の中にいれても痛くないくらい
 可愛がってくれてるから。」

と、無理に笑おうとした。

しばらく無言だった弟が言った。 
息子の手を取りながら。

 「◯君にはお母さんは1人だよ。

  おじいちゃんやおばあちゃんが
  優しくしてくれても、
       お母さんは1人だけだよ。」


       わかってる。
  わかっていた。

弟はいつも優しい人だった。

静かな言葉にイライラと焦りが
シューっと抜けた。
横を向いてこぼれそうな涙をふいた。

 「・・・そうだね。」

その言葉を伝えるために
会いに来てくれた気がした。
芝生に寝転がる弟の姿と言葉を
今でも時折思い出す。



それからしばらくして
1歳と3ヶ月を過ぎた頃から
長男がはようやく歩き出した。

少し遅れたが、
言葉もシナプスがいきなり
つながったかのか
堰をきったように話し出した。

言葉を話だした長男は
今までの心配をよそに

マイペースで脳天気な男子に
育っていった。



雨上がりの傘の思い出とともに
雨降りの傘の思い出がある。


中学生になった息子は
傘を持つのを嫌がった。
傘を持つより
濡れる方がいい、と言うのだ。
驚いた。
そんな人もいるんだ。
子供達は次々に私の概念を
壊していく。

最初は持たせようと頑張ったけど、
かたくなに持っていかないので
もう諦めた。

でもある日のどしゃぶりに
傘を持って帰ってきた。

「さすがに傘買ったんだ。」
と言うと、
きまりの悪そうな顔をして言った。

「あんまりひどい雨だったから
 もうすでに濡れていたけど
 コンビニの前で雨宿りしてたら、
 大学生みたいな人が、
 自分の傘を渡して、
 これ使いなよって。
 大丈夫です、って言ったけど、
 いいから!と
 無理やり渡されたから。。。」

今どき親切な人がいるんだな、
と感心してたら、

またしばらくして、
ずぶ濡れの息子に
今度はサラリーマン風の人が
傘を渡して去っていった。


それから息子は傘を
持っていくようになった。

いくら傘が嫌いでも、
自分が濡れてまでも
傘をさし出してくれる人達に
申し訳なさを感じたのだろう。


後日
その話を夫に伝えた。

すると驚いたことに
夫も学生の時に
傘を持つのが嫌いで、
持ち歩かなかったら、
やはり知らない人から
傘を渡されて恐縮したそうだ。

遺伝子ってコワイ、

しみじみ感じた。

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