ホテル療養1日目:1/12

朝の保健所による健康診断の電話の中でホテルに空きが出たことを知らされた。この日の午後すぐに移動することが決まった。ホテル療養の話が出てからすぐに荷造りは始めていた。そこに持っていくものをいくらか足すような形で荷造りを終わらせた。冷蔵庫を開け、賞味期限が切れてしまうものがないことを確認した。ゴミ回収の日を確認し、ゴミを出した。今の私は自分の部屋にあるゴミの臭いもわからないのだ。だからこそゴミはこまめに片付けるようにしている。片付けが終わったら、ドライバーを待つだけだ。レコードを聞いて部屋でじっと待っていた。

午後になるとすぐにドライバーから連絡があった。本来ならば自宅の前まで来てくれるのだが、私のアパートの前は道路が極端に狭く、車で入るのはとても難しい。待ち合わせを指定して、そこまで私が行くことになった。車が止めてある場所に向かう。天気予報で言われているような雪にならずに助かった。待ち合わせ場所にはワンボックスカーが止まっていた。後部座席にトランクと一緒に乗り込んだ。運転席と後部座席の間にはビニールシートが張られている。その張られ方はとても丁寧で、隙間がまったくなかった。後部座席の窓にスモークフィルムが貼られていた。

ホテルの場所まで車で一時間くらいかと想定していた。マスクをしながら車に乗るのは初めてだったし、久しぶりに車に乗るので車酔いが心配だから、スムーズに着くといいなと思った。税金を使って高速道路に乗らないだろうと思っていたら乗ってくれた。シティ・ポップのイメージみたいに美しくも儚い景色ではなく、灰色の空の下、高いビルの間を縫うようにして味気ない景色を走り続けた。一方でトンネル内はタルコフスキーの「惑星ソラリス」に出てきたような景色だった。日本の経済成長が著しい時代に作られた建設物の中は冷たさと懐かしさを感じる。年老いた巨人というものが存在し、それに出会うことがあったら同じことを感じるのかもしれない。これこそヴァイパーウェイヴではないかと私は思った。

少し車酔いをしているなと思っていたらホテルに到着した。専用の駐車場に車を止めた。目の前に工事現場にある白の大きな壁が置かれていた。隠された通路を通ってホテルに入る。入る時に職員が離れたところから大きな声で私の名前と生年月日を確認した。その職員が渡してくれた封筒にルームキーが着いていた。私の部屋は八階だった。

ホテルの広いロビーにはいくつもの長机とメタルラックが置かれていた。入ってすぐに目についたメタルラックにはアメニティが置かれている。長机には弁当とミネラルウォーター、お茶があった。弁当は自由に持っていって良かったらしいので、遠慮なくいただいた。ミネラルウォーターは一人2本までとある。水をたくさん飲む私には足りなさそうだが、ルールは守ろうと思った。ロビーは暗く、他の入所者は誰もいなかった。2台のエレベーターの側には「ペッパー」が一台(一人?)あり、場違いに明るい声を出していた。エレベーターに乗ると正面の壁に小さな付箋が二つ貼られていた。手書きのメッセージであった。「SpO2低下するようならうつ伏せになってみてください」とあった。もう一つの付箋には「湯船にお湯をはって加湿!!がんばろー!」「血栓できやすいので部屋の中 歩いてください」と書いてある。これは職員の方が気を利かせて書いてくれたものなのだろうか。

ドアを開けて部屋に入る。部屋はとても狭かった。窓は奥に長細い窓があるだけだ。目の前が駅なので電車の出入りが見られることはよかったが、特筆するべきものは何もない。確かにこの部屋から外出も出来ずに長期滞在をするのはストレスが多そうだ。ユニットバスも古臭い。車酔いが続いているので少し休みたかったが、まずは封筒の中身を確認しなくてはならない。

封筒を開けて最初に目に入ったのが「都知事からの手紙」であった。

みなさまへ

このたびは、宿泊施設での療養にご協力頂き、ありがとうございます。 いま、あなたを含め、世界中の人々が「見えざる敵」と戦っています。 東京は「感染拡大特別警報」という厳しい状況にありますが、 感染拡大を抑え込むという強い意識を持ち、皆が一丸となってコロナに立ち向かっていかなければなりません。感染の終息のためにも、心をひとつにして参りましょう。皆様の一日も早いご回復をお祈りしています。

東京都知事
小池 百合子

メッセージの内容については色々な意見があると思う。これを読んだ私の意見は、小池百合子のお手上げ感が伝わってくるということだ。疫学、ウイルス学の専門家が世界中で苦闘している中で政治的な決定も難しく、休業補償のための財源も底をついてしまっている。だからといって都知事に同情をするわけでもなく、政治家・小池百合子の能力はこのあたりが限界だと私は思っている。

ホテルでの生活は簡単な時間割があった。朝は七時に検温とSpO2を測定する。朝食は八時から九時までの間にロビーに降りて弁当を持って部屋に戻る。九時半からは看護師による健康状態確認。これは部屋の電話を使って行われる。電話に出ないと部屋で重篤な状態にあると判断される。十二時からは昼食。午後四時に再度検温とSpO2の測定。午後六時からは夕食。それほど厳しい制約があるわけではない。

測定した体温とSpO2は「LAVITA」というシステムに入力することになっている。看護師はここに入力された値を見て健康状態確認の目安にするので、未入力だったり値に大きな変動があったりすると、その点について話をすることになる。

一通りのことを済ませ、部屋着に着替えると午後四時近くになっていた。もらってきた弁当には春巻きが入っていた。私はこの弁当を「中華弁当」と名付けた。味はわからない。

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昼を食べ終わったと思ったらすぐに夕食の時間になってしまった。ロビーに夕食を取りに行く。エレベーターとロビーでは他の入所者とも一緒になる。雰囲気は暗く沈んでいるように思う。ロビーで紙コップと弁当をもらう。人が並んでいる場所があり、その先には電子レンジがあった。私も並び、弁当を温めた。「電子レンジの利用はお一人様1分半以内でお願いします」と張り紙がされており、ノブはダンボールで一分半以上回せないようにされていた。緑茶は朝食時と昼食時に、野菜ジュースは夕食時に一人1パックだけ持っていくことを許可されていた。ミネラルウォーターを2本と野菜ジュースも持って帰った。弁当はラタトゥイユとチキンソテー、申し訳程度の肉じゃか。「和風イタリアン」という感じだろうか。温めた弁当を見て、温めても何もわからないんだよな、といじけた気持ちになる。

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夕食を終えた後は完全に自由時間となった。音楽を聞き、それが一段落するとYotubeで年末に行われた総合格闘技の試合を見た。それも終わるとnoteを書いた。眠くなる頃にシャワーを浴びてそのまま眠った。

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