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さようなら、ウィリアムズ

私は1992年から1995年まで熱心にF1を見ていました。フジテレビがアイルトン・セナを使って作り上げたブームに乗せられていたのです。当時は参加チームも多く、木曜日には予備予選があり、金曜日に一次予選が、土曜日に二次予選が行われました。土曜の予選は夜ふかしをしてテレビ中継を見て日曜の決勝は録画で見るようにしていたものでした(もっともそのうち決勝も夜ふかしをして見るようになってしまったけれども)。

すっかりハマってしまった私は過去のF1についても調べ始めました。そうするとF1にはかつて強豪であったが今は中堅もしくは弱小となっているチームがあることがわかりました。1992年にはロータス、ティレル、ブラバム、リジェがありました。盛者必衰の理に飲み込まれたそれらのチームは最終的な成績は冴えなかったとしても、なにかの拍子に上位チームを脅かすような走りをすることがありました。それは伝統のあるチームとしてのプライドを感じさせるものでした。そんなチームのそうした魅力的な走りも、私がF1に惹かれた理由でした。

ウィリアムズと言えば1992年は無敵のチームでした。16戦でのうち14戦でポール・ポジションを獲得、10戦で優勝という成績はウィリアムズにリタイアが無ければ他のチームはまったくチャンスがないと思わせる強さです。

ウィリアムズのFW14Bが搭載していたルノーV10エンジンはマクラーレンが搭載していたホンダV12エンジンに比べると馬力では劣ると言われていました。しかし当時の最先端技術であったアクティブ・サスペンションを搭載し、空気力学のスペシャリストであったエイドリアン・ニューウェイがデザインしたFW14Bは、トータルバランスこそがチームに勝利をもたらすことをはっきりと証明しました。エンジンの馬力が勝利に大きな貢献をしていた1980年代からの主流を一新したのです。(ベネトン・フォードが投入したB192もそうした新しい流れに乗ったマシンでした。それを思えば空力とバランスの時代はすでにやって来ていたのでしょう。フォードはルノーよりも非力と言われたV8でしたが、ベネトンは大躍進のシーズンとしました)。

私はこの強さがどれくらい続くのだろうと思ったものでした。案の定、翌1993年も圧倒的な強さを見せ(それ故にマクラーレン・フォードのセナの走りが際立ったシーズンでもありました)、1994年からはいよいよセナがウィリアムズのマシンに乗ることになったのです。ところが1994年のウィリアムズは皆が事前に期待していたほどの強さを見せることが出来ませんでした。そしてセナはこのシーズンのサンマリノGPで命を落とすこととなりました。結局そのシーズンのウィリアムズはコンストラクターズ・チャンピオンの座は守ったものの、1992年と1993年ほどの強さを感じさせることはなかったように思います。

私がF1を見なくなってから随分と長い時間が経ちました。調べてみると2000年代序盤までその黄金期は続いており、下降線を辿るのは2000年代中盤からのようです。そして何よりも驚いたのは2012年以降、一度も優勝をしておらず、今シーズンはポイントすら獲得ができていないと言うことです。F1の世界に続く盛者必衰の理の中にウィリアムズも加わり、そしてF1撤退となったのです。ありがちな話ですが、それはどんなフィクションよりもずっとずっと、ドラマチックです。

私の中のウィリアムズは黄色のキャメルと白のキヤノン、青地に白で書かれたルノーとエルフです。その配色の美しさは2020年の今でも色あせていません。破天荒で力強いナイジェル・マンセル、人の良さそうな、そこで少し損をしてしまったような愛すべきキャラクターのリカルド・パトレーゼ。クレバーな走りで見るものを感心させたアラン・プロスト、他の誰よりも重圧を背負いながら必死であったデーモン・ヒル。そしてセナ、その後釜として必死の走りを見せたクルサード。私が熱心にF1を見ている間にウィリアムズのシートに座ったドライバーには多かれ少なかれ、私は思い入れを感じています。

忘れられないのは車椅子に乗りながら真剣な眼差しでサーキットを見つめ、時には自分の判断の重みを噛みしめるような表情を見せたフランク・ウィリアムズ。なんと言ったらいいのかわかりませんが、彼は憂いを帯びた気弱そうな表情を見せることがあり、それがとても印象的でした。撤退のニュースで記者会見に出てきたクレア・ウィリアムズ副代表は父親の面影が強く出ていて、それで私はこのニュースに感傷的になっているのだと思います。

ニュースを読むと、8月25日にはチームの売却が決まっており、9月4日に週末のイタリアGPを最後に撤退ということです。名前は残るようですが、いずれウィリアムズという名前は消滅してしまうかもしれません。それは仕方のないことです。でも1990年代のF1の中心にいて、その高い技術力と志で以て私達を魅了したウィリアムズというチームの名前は少しでも長く残っていてほしいし、決して忘れられることがないようにと願うばかりです。


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