【スクリャービン小品録】前奏曲 Op.16-2 嬰ト短調

おすすめ度: ★★(作曲者の代表作に推薦)
※最高星3つ

前期に当たる作品です。スクリャービンは前奏曲集Op.11の選から漏れた作品群を小出しに出版しており、Op.16はその一つ。といっても単なる出涸らしではなく、粒揃いの曲が集まっています。なかでも2曲目のこれは情感豊かな作品です。

これを弾くと、何人かの人が寒々とした真冬の雪景色を思い浮かべてくれました。しんと冷え切るようなピアニシモの短調と、震えるようなポリリズムが印象的です。

後半はうってかわって劇的なフォルテッシモになります。前半との差異をどう表出するかが腕の見せ所です。

楽曲分析

gis mollで震える子の手のようなI-IV、続いてそれを温める親のように呼応するVaug-I。これらの震えは左右ともに刺繍音を用いて表現されます。以下落ち着きを取り戻すように下降し、いったんDis単音ながらVの半終止。この単音が静謐感を際立たせます。

これでVからIに戻るかと思いきや、同じフレーズを一層凍えそうな4度上のcis mollで鳴らします。なんとも切なくなる一瞬です。泣き出す子を必死で温めるような…とまで書くと、少し勝手なイメージが強すぎるでしょうか。

ともあれ反復が済んだ後は、「震えの音形」は左手の行進するようなリズムへと変化し、しかもオクターブで奏されてだんだんとボルテージが上がります。まずはcis mollの同主調E Dur。さらにA Durを経て、広いアルペジオ和音によるドミナント進行でgis mollに戻ります(それにしてもこの転調の滑らかさには恐れ入ります)。

gis mollに戻ってからは、始めの旋律が全く違う雰囲気のffで奏されます。なにか突然の別れのような、あるいは死さえ予感させるような激情です。最後の和音連打は同門ラフマニノフも好んで用いたものです。

以上、A-B-A’の構成ですが、曲の長さとしてもポピュラーのリフレイン形式によくハマっており、A’はサビと見ることも可能なため親しみやすさがあります。歌詞を考えてみるのも面白いかも知れません。これを元にした変奏曲も色々考えられそうです。

演奏にあたり

最初のスタッカートは指をつき立てるように弾くことで冷たさを表現できます。ただし一発目(タイの次の音符)に無駄なアクセントがつきやすくなるため注意です。
なお、ここのポリリズムは見た目より厄介で、そもそも正しく鳴らせているか自分で確認しづらいです。5連符の2つめ(タイに繋がったものを除いて1つめ)は左手の前打音のように、5つ目は左手の後打音のように考えると確認しやすくなります。ゆっくり弾くのも一つの手ですが、もたついてる感じにならないようにします。

m.9からのcis mollの寂しさは大切にしましょう。ppの度合いを一層増すのも良いです。

中間部は一瞬のスクリャービン的な付点リズムを見逃さずはっきり表現します。m.23-24の右手の内声A-Gis-Fisisも主張させましょう。また、ここの弾きにくい広いアルペジオに対し、後半に入る直前のDisはアクセントがつきやすいので、m.25のffに入るまでは気持ちをセーブさせます。

後半の5連符は音量をクレッシェンド気味にするか均一にするか選択肢があります。いずれにせよ、前半との対比を劇的にするためには、テンポはルバートせず均等でありたいと感じます。特に縦の線は完全に揃える必要があります。m.26の二分音符について、記譜上の長さより少々短く切ることで突然の静寂を作るのも効果的です(この切る時も縦を揃える)。

m.30のpは悩みどころです。ffから突然pにすると、強い打鍵の残響により弱い和音が聞き取れない危険があります。回避策として、直前で少しデクレッシェンドすることを提案します。

m.33の倚音も滑らかになるよう注意します。終盤の小さな音符は焦って早口になるより、むしろアクセントをもって一つ一つ刻むように鳴らし、重厚感あるラストを作りましょう。


情感あふれる曲であることもあり、演奏についての記述が少し長くなりました。既に述べた通りクラシックに馴染みのない人にも構成的に伝わりやすい曲だと思います。スクリャービンってどんな曲を書いた人?と問われた時、まず弾いてみる一曲としておすすめできる素敵な小品です。

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