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自傷行為の獲物

 火傷は完治するまでにそこそこ時間がかかるらしい。手の甲に3ヵ所ある根性焼きの痕の内最初に付けた3年前のものがようやく消えかかっているところだ。かつての私は自分の心が悲惨な傷を負っている状態なのにも関わらず身体が健康そのものであることの不条理に耐えられなかった。両者間のバランスを取ろうと思い煙草の火を皮膚で消した。もう今更それらを見る度に逐一当時を思い返すこともないが、それが無かったことには当然ならない訳で。


 救い難きこの世にPCクラッシャーなる人種あり。彼らはPCゲームに限らずゲームプレイングの最中で事が思い通りに運べなかったり、あるいは単に不快な思いをした、自身の機嫌を損ねるような事象が起こった際に発した怒りの矛先を現実世界の事物に向けて物理的な攻撃を加える野蛮人である。一昔前の私は分厚いフィルター越しに彼らの事を眺め、ごく稀に石を投げ、もっぱら嘲笑していた。しかしここ最近彼らの不幸を他人事に出来なくなった。生産的な暇の潰し方を忘れた頃に始めた将棋ゲームのせいで私も不毛な泥沼に片足を突っ込んでいる。
 将棋というゲームに運要素は無い。盤を挟んで行うタイマン(正確には「画面を通して〜」と言うべきだろうが趣に欠けると感じたので避けたい)は互いに全く差の無い陣形から始まる。プロレベルでの実戦になると先手後手は勝敗に少なからず影響をもたらす要因になるが、素人の小手先勝負にそんなものはない。おこがましい。という訳で完全な実力勝負で決着がつくのだが、だからこそ腹が立つ。棋力の弱い自分に対して両手両足で抱えようにも余してしまうほどの怒りが湧く。


 打撲というのは程度によれど癒えるのにそこまでの時間は要さないらしい。カラーボックスを殴って壊した左手は次の日に問題なく洗濯物を畳んでいたし、ベランダの壁を蹴ってクロックスのソールを剝がした時も翌々日には違和感のない歩行姿勢に戻れた。カラーボックスにはガムテープを貼り、クロックスは捨てた。

 未だ納得できる解決策は見つからない。周りの人間に相談しても皆口を揃えて「だったらやめればいいじゃん?」としか言わない。わかってんだよそんなことは。でもやめたいわけじゃないのよ。どうにか上手く手綱を引きたいのよ。勝手にしろって話なのは重々承知の上なのでなんとなく話を合わせて腑に落ちたような顔してるけど内心こいつもかって微笑んでるよ。性格悪いね。


 Jin Doggという不穏なラッパーがいる。怒りで何かを叩き割りたい衝動に駆られた時、彼の『MAD JAKE』というアルバムを爆音で聞きながら出来得る限り可能な範囲で健康に被害を及ぼしそうな方法で喫煙をすると騙されたかのように気分が落ち着く。身体に溜まったエネルギーが聴覚情報を処理する鼓膜に再分配される為だと思う。もしくはラッパーが自分の代わりにエネルギーを発散している為。それか偏に爆音のイアホンが鼓膜にダメージを与えている為。自傷行為の獲物が手の甲から鼓膜に移っただけなのか。

 コメ欄見ると「ストレス発散になります!」とか「自分肯定されてると思えます!」とか言ってる人もいるけどこの曲聞くこと自体はストレス(語彙の根源的な意味で)だと思うのよね。あとMVないけどこのアルバムだと『八つ墓(KILL YOU)』が一番好き。
 「アルバムでいうと〜」って枕詞キモいな、他人が使っててもどうも思わんけど。

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