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#異世界サウナ ④-5(終)【異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー】


前回

 外気浴を経て、クラウスは、自分の感覚を取り戻していく。
 ひたすらに教会の汚れ仕事を引き受け、自らの身体を酷使していくうちに、彼の感覚は摩耗していった。魔族を殺していくうちに、自分の体や精神も殺してきたのだった。
(……選んだ道が間違っているとは、思ったことはない)
(だが……体のほうは、ずいぶん消耗していたようだ……)
 サウナの中で、やわらかな湿度と熱がもたらした快感。水風呂に身体の神経がひきしめられ、同時に熱から解放される快感。それらとともに、今まで感じないように制御していた疲れや痛みが、じわりと体の奥から滲み出すように感じる。
(痛みも、辛さも、仕事には不要なものだった。だから、心が動かなくなったのか)
 クラウスは息を吐いた。肺の動きにあわせて、骨や筋肉がきしむのがわかる。
「『そのほうが気持ちいい』か……」
 ユージーンの言葉が、先程までのクラウスにはよくわからなかった。しかし、今ならわかる。徐々に動きはじめた感覚が、これは心地よいと告げている。
(さっさとすませて帰るつもりだったが、もう一周、いってみるか)
 自分の快感のために動いたことも、覚えていないほど久しぶりだった。だが、今はそうしたいと思った。クラウスの顔に、少し人間らしい笑顔が戻った。

「……どうだった」
「魔族がいるのも発見できませんでしたし、一概に教義に反するとは言えないようですね、不服ですが……」
 夜風が吹く下、露天スペースに戻ってきたユージーンと、3回のサウナサイクルを終えたクラウスが話している。クラウスの頬には赤みがさし、肌に血色が戻っていた。
「そうじゃない。気持ちよかったか聞いているんだ」
「……はい」
「ならよかった」
 クラウスは、ユージーンが目を細めて笑うのを初めて見た。
「今日のところは、『持ち帰る』ことにします。そうすれば、しばらく本格的な追求はないでしょう」
「意外だな。お前が失敗したとなれば、次は僧兵の本隊か王国騎士団が来ると思っていたが」
「それどころではないんです、本隊は」
 クラウスは少し迷ってから、言葉を続ける。
「……『マ族』に動きがあったんです」
 その単語に、ユージーンの表情が険しくなった。
「戦争、か……」
 『マ族』――人間の天敵。個体数は少ないものの、ウ族やネ族など他の種族に強い影響力を持ち、統率した異形の集団を作り上げる。その目的は、人間を襲い、食らうこと……人間はこの異形の集団を恐れ、まとめて魔族と呼んだ。
「はい。ですが、それだけではありません。今は、人間を襲えば『勇者』が現れます。だから、ここ最近は小競り合いですんできました。ですが」
「……まさか、モーガンを倒す算段が、奴らにあるというのか?!」
「まだわかりません。が、そうだとすれば人間全体の危機です」
 クラウスは水を飲み干すと、立ち上がって言った。
「私は許せませんが……このサウナで、人間と魔族が交流し、平和に過ごしているとして。ユージーンさんがそれを望んでいるとして。『マ族』が本格的に動けば、いとも簡単に均衡は崩れます。気をつけてください」
 更衣室に向かうクラウスの背中を見送りながら、ユージーンはつぶやく。
「誰にでも安らぐ権利がある……だが、実際にそうするのは、難しいことだな……」
 
 クラウスが帰ったあと、姿を隠していたハラウラが戻ってきた。
「『マ族』か……。ほんとうだとしたら、大変だね……」
 ユージーンが事情を話すと、ハラウラは目を伏せ、耳がぺたりと垂れた。
「戦争になるのは、できれば避けてほしいところだが……そうも言ってられないだろう。まったく……クラウスもあいつも、いつになったら安らげるんだろうな」
 ハラウラは知っている。『あいつ』というのが、勇者モーガンであることを。そして、その『勇者』に安らいでもらうために、このサウナを作ったということを。ユージーンには、彼女の話題になる時だけする表情があることを。
「……ハラウラ、もし」
 ユージーンがそこまで言いかけたとき、ハラウラの小さな手が彼の口をふさいだ。
「言わないでよ、主人……ボクはなにがあっても、それこそ魔族も人間も敵にまわっても、きみについていくよ」
 ユージーンは少し面食らったあと、ハラウラを抱きしめた。


 『サウナ&スパ みなの湯』。追放された元英雄と、小さな魔族が営むやすらぎの場所。人間も魔族もやすらぎの蒸気で包み込み、今日も営業を続けている。
 しかし、彼らを取り巻く状況は、少しずつ変化していく。大きな戦争が起こるのは、もう少し先の話。

異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです
 ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー 
『暗殺司祭、サウナを視察する』 終

サウナに行きたいです!