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#異世界サウナ ⑥-5(終)【異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー】

前回 

 3つの水風呂とサウナを堪能したセレーネとショチトは、館内着に着替え、2階につくられた休憩コーナーへと向かう。低い机の並べられた広間に、すでに何人かの人間や魔族が思い思いに座ったり、ごろ寝したりしていた。
 ハラウラに案内された通りに、机においてあるメニューをめくりはじめるショチト。
「ワシ、この『オーロラポーション』ってやつにしようかのう。あと、『羊のロースト』」
「あら、お酒じゃないんですのね……では、私はこの『湯上がりアイスコーヒーセット』の『チョコレートケーキ』で」
「貴様こそ、腹減ったと言ってたのに甘味か?」
「あまりお腹をいっぱいにすると、夕食が食べられなくてお父様やお母様に心配されますもの」
 机の隅には注文を記入する紙があったが、ショチトは字が書けないというので、セレーネがかわりに書いて、飛んできた使い魔に持たせた。飛んでいった先では、大柄なク族の娘が調理の腕を奮っているのが見える。
「二人とも、楽しんでくれてるみたいだな」
 注文を待つ間、ユージーンがやってきて、二人に声をかけた。
「おう、サウナも水風呂もすごかったぞ!」
「はい、堪能させていただきました……疲れもどこかへ飛んでいったみたいです♪」
「それはよかった。だが、『みなの湯』はもっとすごくなるぞ」
 ユージーンが珍しく満面の笑みを浮かべ、休憩スペースを見回した。
「今は人手と予算の都合でここまでだが、まだまだいろんな設備のアイデアがある。水棲魔族も入れるミストサウナ、水じゃなくて冷気で体を冷やす冷却室……やりたいことは沢山あるんだ」
「ユージーンさん、サウナの話になると、本当によくしゃべりますのね」
「本当じゃな。こいつ、サウナ以外はなんも考えとらんのじゃないか」
「む……そんなことはないが……まあ、楽しんでいってくれ」
 背後から彼を呼ぶ声が聞こえたので、ユージーンは急いで立ち上がりそちらへ向かっていった。使い魔で補ってはいるものの、改装初日で客も多く忙しそうだ。そこに、ちょうど料理と飲み物が運ばれてきた。
「あら、意外とちゃんとしたケーキですのね。あの子が作っているのでしょうか、大きいのに器用なこと……」
 ケーキを上品に口に運ぶセレーネに対し、ショチトはがぶがぶとジョッキの飲み物を飲み干す。
「『オロポ』が汗をかいた体に沁みるのう~」
 周囲には、酒盛りをして騒いでいる一団もいる。セレーネは、大人は酒を飲むものだとおもっていたので、少し申し訳無さそうにショチトに言った。
「……本当に、お酒でなくてよかったのですの?私が飲める歳でないからといって、遠慮などしなくてもよろしいのに」
 ショチトはそう言われて少し怪訝な表情をしながら、羊肉にかぶりつく。
「あー、いいんじゃよ。ワシら、酒では酔わないし。基本、刺激とかに強いんじゃよ、魔族は」
「そういえば、水風呂でもサウナでも、随分平気そうな顔をしていらしたものね」
「うん。……強いというより、鈍いってことかのう。人間の娯楽はあまりおもしろく感じないし、メシも美味いは美味いが、そうそういい気分にはならんのじゃ。難儀というか、もったいないというか……」
 羊肉に備え付けの香辛料をたっぷりと振りかけて、再びかぶりつくショチト。
「だから、強い水風呂と強いサウナでガーっとととのうと、ようやくいい気分になれるんじゃ。これと同じぐらいいい気分になるのは、狩りの時と交尾の時ぐらいかのう」
「こ、こう……」
 セレーネはあけすけな物言いに顔を赤らめた。
「でもワシ、狩りはあんまり好きじゃないんじゃ。母上からは呆れられるがのう……」
「わかりますわ。たまに父上に連れられて出かけますが、何が面白いのだか……」
「じゃよなあ。同じ汗にまみれるなら、サウナのほうがよっぽどいいのじゃ!」
「違いないですわね!」
 ショチトの境遇に親近感を覚えつつ、二人は話に花を咲かせる。
 その後も、腹がこなれたころにサウナに戻ったり、休憩スペースで居眠りをしたりして、二人はたっぷりと『みなの湯』を楽しんだ。

「あら、もうこんな時間ですわ。アミサと口裏をあわせてお勉強していることにはなっていますが、そろそろ戻らないとさすがに……」
「おー、ワシもそろそろ帰ろうかのう。今日は楽しかったのじゃ、セレーネ!」
「ええ、またぜひここでお会いしましょう!」
 疲れを解消し、つるつるの肌になった二人は、さっぱりとした気分で『みなの湯』を後にした。出口の扉から、『鍵の腕輪』で、それぞれの居場所に戻っていく。セレーネがふと振り返ると、店の奥ではユージーンたちをはじめとして、店員たちが忙しそうに、それでいて楽しそうに店を切り盛りしていた。
 セレーネは、以前ユージーンが言った『誰にでも安らぐ権利がある』という言葉を思い出していた。人間も魔族も、サウナの中では平等に安らぎを享受する。平和な光景だった。
(本当に、良いところ……魔族も人間もいっしょに楽しめて。この平和が、世界じゅうに広がればいいのに……)
 サウナを楽しむショチトという新しい魔族の友人もできた。また時間を見つけて来よう、こんどは美味しいお菓子でも差し入れに。そう思いながら、セレーネは城に帰っていくのだった。

 『サウナ&スパ みなの湯』。追放された元英雄と、魔族たちが営むやすらぎの場所。人間も魔族もやすらぎの蒸気で包み込み、今日も営業を続けている。
 さらに大きな施設になった『みなの湯』は、いっそう全ての者に癒やしと安らぎを届けていく――。

◆◆◆

「どこに行っていたのだ、ショチト」
 ショチトが『鍵の腕輪』を使って帰り着いたのは、どことも知れぬ廃城の中。目の前には、彼女の母が苛立たしげな表情で立っていた。
「サウナじゃ、サウナ。いいじゃろ、別に」
「またそれか。全く、我が娘ながら呆れる。『狩り』以外にそこまでうつつを抜かすなど、種族の名折れよ」
「そっちこそ、また同じ話じゃ。ワシはもう寝る」
 ショチトのほうも苛立たしげに角をかきむしって、ずんずんと城の奥へ進んでいく。
「待て、ショチト。何か、背中についたままだぞ」
「ああ、そうじゃった」
 『みなの湯』で配っている札は、皮膚に貼り付けることで魔力の流れを封じ、入墨や体の模様を隠すもので、ショチトのような強い魔族には、館内でつけることが義務づけられている。
 母に指摘され、ショチトは背中と腕に貼っていた札のようなものを剥がした。札の下からは、禍々しい文様と鱗が現れる。
「まったく、種族の誇りである魔力と鱗を隠してまで遊び惚けるとは。お前は――」
「わかっておる、わかっておる」
 ショチトは肩をすくめながら振り返る。その目は黒く、金色の瞳がぎらりと輝いた。
「『魔王の娘なのだから、自覚を持て』じゃろ。わかっておる、気乗りはしないが……次の『人間狩り』は、ちゃんと参加するからのう」

◆◆◆


異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー 
『人間と魔族の姫、サウナを愛でる』 終


サウナに行きたいです!