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#異世界サウナ ⑤-3【異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー】

前回

「というわけで、作ったのがこれだ!」
 ラクリとホロンがやってきた次の日。昨日突然作業をはじめたラクリが作り上げたのは、大きな金属の箱だった。箱の中には、規則正しく曲がった黒い管が通っている。
「名前は『遠赤外線ストーブ』。……どういう意味だかは知らないけどな」
 ラクリに『焼き付いた』知識は、設計図と使い方のみだ。『遠赤外線ストーブ』という名前と、機械の作り方・使い方が脳内にあり、詳しい原理や引き起こしている物理現象などに関する知識は、ラクリが後天的に身に着けた内容のみである。
「『電気ストーブ』とは違うのか?」
「あれよりもっとすごいぜ」
 スイッチを入れると、箱がブゥンと唸って、黒い管が赤く光りだし、すぐに周りのユージーンたちに変化があった。
「……む、これは」
「なんだか、急に体がぽかぽかしてきたね……」
 箱の中の赤熱した管から発せられる熱が、体を温めていく。全身をくまなく温めるサウナストーブでのロウリュとは全く違う、まるで肉体を直接熱されるような質感だ。
「しかしふしぎだ……焚き火にあたっているみたいなのに、周りの空気はぜんぜん温まっていない。ほんとうに、ボクの体だけが温まっているんだ。魔術みたいだ」
 ハラウラも感心しながら、空中に氷を作り出して、熱をあてて溶かしてみたりする。彼らの体に何がおこっているのか、この時知る者はいなかったが、それでもこの『遠赤外線ストーブ』が画期的なものであることはわかった。

 異世界に生きるユージーンたちには不思議な現象かもしれないが、読者の諸君にとっては遠赤外線はそれなりに耳馴染みのある言葉だろう。そして、実際に石を使ったストーブと遠赤外線ストーブでは、サウナ体験に明確な違いがあるのだ!
 石のストーブの場合、水をかけることで熱い空気や水蒸気が室内を対流し、サウナ室全体を温めることになる。これは対流熱による加熱で、結果、全身を包み込むように温められる。
 対して遠赤外線ストーブの場合、ヒーターから放たれた赤外線があたった体を温める。これは輻射熱と呼ばれるものだ。原理的には電子レンジでの加熱と同じで、電子レンジで物を温めたあと、庫内の空気が熱くなっているわけではないということからも、モノが直接温められている、ということがわかるだろう。(もちろん、石ストーブの熱された石からも赤外線は放出されており、ストーブとの距離が近いと輻射熱もビンビンだ)
 この2つのストーブが、どんな差をもたらすのか……これから物語の中で語っていくことになるだろう。後半の解説パートに続く!

「このストーブのほうが、体がすぐに温まって、効率的だろ?あんな石のストーブより、こっちのほうがいいぜ。邪竜の鱗がすげぇのはわかるけど、そもそも水をかけないと部屋が熱くならないなんて、面倒で非効率的だと思わないか?」
 鼻を高くして言うラクリに、ハラウラは少し眉を潜めた。それを見咎めたホロンが、大きな手で彼の顔を挟み、諌めた。
「……!……!」
「えー、だってよお。サウナってのは体を熱くして、水風呂に入ればいいんだろ?だったら、こっちのほうがいいって」
 ユージーンは少し考え込んで、ラクリに向かって言った。
「……このストーブと今のストーブでサウナをやって、比べてみよう。そうすれば、それぞれの良さがわかるはずだ」

 一行は再びその日の午後を休業として、サウナストーブを比べてみることにした。サウナ室から一度ストーブを取り出し、遠赤外線ストーブを導入する。ホロンが軽々と石の詰まったストーブを持ち上げたので、ユージーンとハラウラはかなり驚いた。
 遠赤外線ストーブは前方にあるものがあたたまるので、ユージーンたちが座っている椅子の反対の段に箱が乗せられ、スイッチが入れられる。ブゥン、と音がして、赤外線の照射が始まった。
「やはり独特だな。体の前面だけがあたたまる」
 ユージーンはときおり体の向きを変え、両面を焼くように体温を上げていく。そこからまたしばらくすると、徐々にサウナ室内の温度も上がっていくが、石のストーブに水をかけた時ほどではない。赤外線があたって温められたサウナ室内の物が、空気を間接的に温めているのだ。
「……♪」
「なるほど……毛皮が厚い種族にとっては、こっちのほうのほうが温まりやすいのか……」
 体のほうはじんわりと温まっていくが、空気のほうはそこまで熱くならない。暖炉の前にいる時のような不思議な熱の質感だ。次第に全員が汗をかきはじめ、そしてサウナ室を出て水風呂に入る。
「ふう……なかなか温まったな」
「そうだね……汗の出方も、いつもと違ったみたいだ」
 体の熱気を水風呂に溶かしながら、ユージーンとハラウラはゆるやかに息を吐く。
「だろ?やっぱこっちのストーブのがいいって」
「……そうだな、なかなか良い。そもそも、今まで石のストーブ以外を知らなかったから、新鮮な気分だ」
 ユージーンは少し嬉しそうに語り、水風呂を出て外気浴に向かう。
「次は、石のストーブに戻してみよう」

サウナに行きたいです!