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俺の10年はクリエイティブでベトナムに恩返しをするためにあったんだと思う。

https://note.com/salny/n/nd04827e0a4c7

この告知通り、昨日、クラウドファンディングをはじめました。

ベトナム人実習生の失踪・過労死・自死などを解決する"Tシャツ"開発

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上のURLか写真からクラファンのページへ飛べます。

支援やシェアがもちろんうれしいというか、目的である訳なんですが、それ以上に「記事として読んでほしい」という思いがなにより強いです。実習生にまつわる問題を取材してきて、そこで知ったこと、考察、またTシャツをつくるに至るまでを書いた、ある意味では2年がかりの記事とも言えます。

さっきFacebookでクラファンについてはじめて投稿したのですが、その内容をここnoteでも書きたいと思います。読み返すと4000字以上書いている、長さだけでいえばもう立派に記事でもあるのでここに書いてもいいだろうと。

SNSではちょくちょく書いてきたので「あぁ、あれか」とお思いの方も多いと思います。ベトナム人実習生についての話です。原稿を見てもらった友人から「(私の)これまでのすべてが詰まってる」と言ってもらったんですが、確かに、クリエイターという言葉を追いかけて、ベトナムに流れ着き、夢を叶えてもらい、今恩返しをする。このGINO-T、どうなるか分かりませんが、これが生まれたのは紛れもなくこれまでのすべてがあったからです。

この一年は心に大きな変化がありました。これまで学生の頃からずっとこだわりつづけてきた、自分がいかに理想のクリエイターに近づけているかという内側のことよりも、もっと大切なことが外側に少しずつ増えてます。これからは、昔取った杵柄ってほどじゃないんですけど、培った経験を少しでも大切なものやこと、人のために生かしていきたいと思う今日この頃です。

んでクラファン。支援やシェアがありがたいのは言うまでもないんですが、なによりこの問題を知ってほしい、そしてこういう解決策があると思うんですけどどうですか、と広く伝わってほしいと思ってます。あいかわらず長い文ですが、実習生の諸問題に関わる2年間の取材や考察、行動のまとめ記事でもあるので中身はちゃんとあります。

ここからは、めちゃくちゃ内面的な話になります。あんたの話もうお腹いっぱいという人は読まない方がいいです。もしおかわりという声があれば、そんな方だけ読んでください。










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取材から2年、長いのか短いのか…。といっても、最初からこうなるとは思っていなかったし、もっと言えばこの問題解決に踏み入るつもりはさらさらなかったんだけれども。確実にキケンな人達(具体的にはヤーさん)が噛んでる世界だと思っていたから。というか、今でもそう思っている。

だから、沖永良部島に来てもこの問題の存在にぶつかって、「なんとかせねば」と思ったとき、まずは「誰も敵に回さない方法はないか」と思ったんです。メディアによる糾弾は対症療法。そうではなく、そもそもの問題が生まれる環境を変える原因療法が必要だと思った。知人からは弁護士がなんでいると思っている、そういうハードな世界に対して素人が何ができると思ってる、なんてことも言われた。だからって放っておいていい訳ないでしょ。だから「生産性を上げるためにコミュニケーションを改善する」という、少なくとも理屈では反論されづらい切り口を考えたときに(コミュニケーションは要らないと言ったらさすがに一線を越えていると思った)、これだ、やろう、やれる、そう思ってから…。でもさすがに10カ月はかかりすぎました。

今回クラウドファンディング用の記事を考えるにあたって、じっくりとなんでこうなったのか経緯を振り返ったのですが、純粋にベトナムへ恩返しをしたくて、その行き着いた先が実習生問題の解決だったんだなと今更気づかされました。でもこれって、何も私とベトナムだけの話じゃなく、日本と世界の話だと思っています。海外ZINEの編集経験から、ベトナムから世界への興味と広がって、そのお陰でそのへんもアンテナが立つようになった。

コロナだって長くて数年。人もモノも移動コストが下がって、高速で大容量の情報が行き交い、世界全体がかき混ぜられていくのは、隕石が落ちたり大噴火でも起きて物理的にインフラが吹っ飛ばない限りはよくもわるくも今後も起こりつづけることだと思ってます。これからがガッチガチのグローバル社会です。日本だけでなく世界全体が多文化化していきます。しています。

クラファンのページにも書いてありますが、実習生問題は「その大きな流れの中におけるはじまりの不幸」ではないかと(以前にその種の「不幸」が日本になかったとはまったく思ってないけど)。そしてこれも書いてありますが、「ここで解決できない国であってほしくない」とも思っています。どこそこの国の人はああだこうだというのは、分かる。同じ歴史を共有してきた国民性民族性というものはあるし、それはアイデンティティでもあるから。でもその前に、顔と名前を持つ個人だから。国民性は、自分自身がコミュニケーションを投げ出すためのそれらしい建前にもならないと思うんです。

もうひとつ、自分にとっては大事なことがあります。内面の話はここから。きれいごとの反対をいく話ですが私に欠かせないモチベーションの話です。

私はこのGINO-Tを自分のビジネスとして捉えています。今から一年前、ちょうど海外ZINEというウェブメディアでの編集長という仕事が終わって、キャリアパスを見失いかけたとき、ある人から「人にお金を出させるのではなく、自分で稼げ」と言われて、それまで逃げつづけてきたビジネスというものについてはじめて真剣に考えました。ビジネスとは何なのか、いろんな考えがあるかと思いますが、そこで行き着いた答えが「自分の経験を以て最大限人の役に立つこと」でした。ふつうといえばふつうのことかもしれない。

それからいろんな可能性を模索しているさなかに、母の故郷である島に滞在し、まさかそこでも実習生の問題を再び突き付けられ、ビジネスと実習生問題というそれまでまったく別個と認識していたものがくっついて、腰を据えて考えた結果今回のGINO-Tが生まれました。目的が社会性の高いものなので、ひょっとするとビジネスビジネスというといやに思う人もいるかもしれません。とはいえ、つづけるためにも必要不可欠なものだと思っていますが、それを抜きにしても私にとっては大きな大きな意味を持っています。

正直、ずっと悔しいんです。ビジネスをしないことはおろか、しようとしてこなかった自分のこの10年近くが。ベトナムでダチョウに乗ったりドリアンを着たりドナルドになっていたあのときのエネルギーを、生きていく手段に変えられなかった自分のことが。やりたいことをやるだけだ、それがピュアでクールだと思っていた。そもそも「お金よりもやりたいことをやる」と考え日本を離れて、言わばその思いが原動力だったので、悔しいも何もないんですけども。でも長く変わらなかった自分は、やっぱり悔しいんですよね。

8年くらい前に、同年代の経営者の方に言われた言葉をよく覚えています。「ネルソンさんはビジネスマンじゃなくアーティストですね」って。当時はそれを言われてそれってクリエイターじゃないか~えへへとバカみたいに浮かれていたんですが、たぶん今言われたら、めちゃくちゃ悔しがると思います。もっとも、その方はそんなつもりで言った訳じゃないと思いますが。

ネットコンテンツで食うことには、時代も関係するし、そんなピュアでクールなつもりの自分じゃなければああしていっときとはいえ、賞をいただいたりテレビに出たり、人に見てもらえなかったと思います、そんな「もしも」に意味はないと思っているけど。でも悔しいという感情が、実体のない背後霊のようにいて、言うんですよ。やりたいことをやったからもう満足だと言って死ねるのかと。これが老後ならいいけど、まだ私は30代で、健やかに生きれば先は長いんですよ。そのままじゃ死ねないと本気で考えたのが一年前のこと。でも、生きていく手段に変えられなかったからこそ今島にいて、そこで生まれたエネルギーや思考がGINO-TというTシャツに変わっているから、繰り返しますが、ほんとにこの「もしも」に意味はないんですけどね。

何が言いたいかっていうと、私が悔しければ悔しがるほど、それがそのまま自分にとってのビジネスの定義である、「自分の経験を以て最大限人の役に立つこと」に変わり、この問題の解決をほんの少しでも後押しできるかもしれません。だから俺、悔しくてよかったなと。ヘンな言い回しですけど。こんな話、クラウドファンディングには不要でしょう。でも、この問題に私が取り組む必然性は、ベトナムへの恩返しだけでなく、このままの自分じゃ死んでも死に切れんというドロドロとした青臭さに支えられているのです。

ここ10年、私が歩いてきた「クリエイターになる旅」は終わろうとしています。こんなこと書いたら、これまで認めてくれた人たちに申し訳ないと思っていたけど、無理をすると健やかに生きられないのでハッキリ言っちゃう。俺は大したクリエイターになれなかった。みんなすごかった。がんばってみたけど、無理だった。「もし」が入る余地はない、俺が俺を負けと認めた。果たして戦おうとしていたのかすら、分からない。ずっと前に戦い方を忘れて、ずっとそれらしい振りをしてきたのかもしれない。でもそれでもいい。

大したことなくても、やれるだけのことはやってきた。その経験を多文化にまつわる問題に注ぎ込める人間、数多くはいない。役に立ちたいと思えるところで役に立てるのなら、強くなくてもいいじゃないか。ほんとそう思う。

ぜんぶうまい棒につぎこみます