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なぜ?を考えるならポジティブな事を ​

この前、社内研修の講師の人が、
「普段から、なぜを考える癖をつけましょう。それも出来ればポジティブな事のなぜを考えると良いです。」
と言っていた。

この一言が、普段の自分の思考の癖に気づくキッカケになった。

普段、なぜを考えるのは、「なぜ○○が出来ないのか」という事がほとんどで、「なぜ○○が出来たのか」という事を考えることが少なかった。普段のミーティングなどでも、なるだけポジティブな事を言おうとしていても、どうしてもネガティブな事ばかりに注目してしまいがちなのは、なぜだろうと考えていた。

たぶん普段から深掘りして考えることが、ネガティブな事が多くそこに注目する、という癖がついていたからだ。フラットに考えているつもりで、リスクヘッジばかりに目がいっていたのかもしれない。

実際に、なぜを考える時にポジティブなものを対象とすると、普段の出来事の中から良いものを探す事が増えた。これを続けていくと、何かを深掘りする時にポジティブな側面から課題を探せるようになる気がしている。

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ポジティブな事のなぜを考える、という事について、もう一つ気づいた事がある。それは、講師の人があえて「ポジティブな事で」として指定した背景だ。

その背景というのは、物事を見る時に、ネガティブな側面を考えがちというものだ。

これは完全なるイメージだけど、欧米では何かを議論する時にポジティブな話が多い。ただ、それは普段の自分のコミュニケーションと相対的なものであって、議論にはネガティブな事も当然ある。

この差は何なのだろう。もしかしたら、欧米のなぜの起点が単純な探究心だから、良い事も悪い事も含まれる、ということかもしれない。逆に日本では、なぜを"考えるべきだ"というところが起点になっているのかもしれない。

良い事も悪い事も含まれると、良い事に対しての議論が自然発生するので、相対的な良い事の深掘りが多くなる、というもの。

ただ、悪い事を考えがち、というのは生物として自然な反応だと考えると、やはりそこは意識しないと変わらない事なんだとは思う。

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