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吉本ばなな「ミトンとふびん」 感想

 「みんな」が「良いこと」「素敵なこと」だと思っていることが「幸せなこと」だとしたら。

 「みんな」から承認されるような当たり前の「幸せ」を手に入れることができなかった人たちのことを、なんて呼べばいいのだろう。自分にとっての「幸せ」を、他人から「かわいそうだね」とか「苦労するね」とか言われてしまう人たちのこと。

 「ミトンとふびん」は、誰かの目から見て「不憫」に映る人たちが、自分にとってかけがえのない、たったひとつの幸せを見つける物語でした。


 特に気に入ったエピソード2つの感想を書き残します。




・表題作「ミトンとふびん」

【あらすじ】

 恋人の死んだ弟にそっくりな女の子・ゆき世と、そのパートナーの外山くん。どこから見てもほほえましく、愛し合っているふたり。けれどゆき世たちは、一番身近な存在であるお互いの母親たちから(とても切実な「親心」を理由に)結婚を反対され続けてきた。

 ゆき世は、新婚旅行で訪れたヘルシンキで、外山くんの弟の夢を見る。海辺を歩くちいさな影。いじめを苦にして亡くなった、外山くんのたったひとりの弟。

 夢の話をしながら、外山くんと過ごす一生に一度の新婚旅行の時間を慈しんでいる夜、ゆき世はささやかな祝福を受ける。凍りつくような寒さのヘルシンキの夜に、秘め続けてきた願いが叶う瞬間、母親たちから否定され続けてきたゆき世の人生は「じわっと温かい幸せ」に包まれる。


【感想】

 世界でいちばん大切な人との関係を肯定してくれるのが全然知らない他人、っていうのが良かったです。「彼と結婚してもあなたは幸せになれない」というゆき世の母親の心配は、「自分の幸せは外山くんと一緒にいること」だと感じているゆき世の価値観を全否定する呪いになって、ゆき世に降りかかります。凍りつくような夜にその呪いが解ける瞬間のちいさな奇跡が、胸の中にきらきら残りました。

 母親と離婚した父親に自分から会いに行くくだりも、ゆき世にとっては「呪い」を解くために必要なプロセスだったんだろうな、と。一見よくわからない行動をしているようで、よくよく見ると本当に「自分のため」になる行動をしている女の人は、とてもかっこいいと思います。娘にとっての「幸せ」をなんでゆき世の母親が認められなかったのか突き詰めていけば、もう一つ物語が生まれそうな気もします。

 最後に出てくるファッツェルのチョコレート缶に、これからの二人の未来の幸福がぎゅっと込められていることを願いました。




・「カロンテ」


【感想】

 イタリアで亡くなった親友の生前の足跡を辿る物語。最後の三行のために全ての場面が存在しているような、ふわふわしているようで緻密な情景描写が良かったです。

 この短編集には、男性の同性愛者の描写が物語のキーポイントとして出てくることがあります(「カロンテ」のキーパーソンである健一くんがまさにそうですね)。一方で、女性の同性愛者に関しては明確な描写は出てきません。ただ、主人公の「わたし」から真理子に伸びる心の矢印は、女性同士の恋愛感情に近いものがあったように感じました。

 細かいことですが、随所に出てくる言葉がとっても素敵でした。真理子がいたサンタマリアマッジョーレ。真理子のつけていたココペリのネックレスと、そこにあしらわれたラブラライド、トルコ石。
 真理子が美しくて、周囲を幸せにするオーラがあって、でも周囲の人を愛して受容しようと頑張るあまり、自分の中の迷いや妥協を心の一番暗い空間の奥深くに一人で抱え込んでしまう人だったんじゃないかと感じさせるようなモチーフでした。





 自分のための小さなごほうびに、きらきらした綺麗なケーキを味わったような読後感がありました。もしくは、お気に入りの花束を持っているときのような感覚。「あれ、毎日は結局きっと辛いけど、なんだか明日も優しさを思い出せるかも」と思うような。自分にとってはよくわからなくても、他の誰かにとってはかけがえない幸せであるものがこの世界にはあることを、そのまま受けとめられるような。

 頑張りすぎてしまいがちな女性におすすめしたくなる本です。



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