前を向け。
兄。
憧れの存在でいたい。
俺は妹がいる。
妹。
妹の前ではカッコよくいなければならない。
それが兄。
実家への帰省とはいえ
気を抜くわけにはいかないのだ。
ふとした瞬間でさえ
俺は大人の余裕を見せる。
妹が買い物に行くと言うなら
車をスマートに運転し、
おつまみが欲しいと言われれば
スマートに枝豆をレンジアップする。
それが兄だ。
「なんか飲むか?」
冷蔵庫に飲み物を取りにいったついでに
妹に気の利いたコメントをする。
「ジュース取って」
「おっけー」
依頼を受けた兄は
スマートに冷蔵庫を開ける。
依頼を受けた飲み物が
どこにも見当たらない。
どうしようかな。
とりあえず報告するか。
「ッー。」
息を吸う。
「◯◯?飲み物ないよ?」
あれ。
今、俺なんて言った?
妹は言う。
「誰?」
彼女の名前を呼んでしまっていた。
恥ずかしさに冷蔵庫の取っ手を
握りしめたまま立ち尽くした。
「いや…」
あー。
なんか分かった気がする。
浮気してるやつって
こんな感じなんだろうな。
なあ妹。
俺は恥ずかしい所を見せたかもしれない。
けどな「気付き」を得たんだよ。
大人ってのは失敗の連続だからさ。
お前もどんなに辛くても
時間かけていいから前を向くんだぞ。
俺はまだ冷蔵庫を見ているけど。
いずれ恥ずかしさを乗り越えて
リビングの炬燵に戻るからな。