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愛玩種 第二話

 ある日イオは親しいムロと共に、互いのカタのための服を作っていた。
「この実をここへ付けてはどうか」
「それでは鳥につつかれよう」
「それはいけない」
 小さなカタのためにものを作るのは時間がかかった。カタを生み出したようにすればたやすいことだが、ムロたちはそれをせずに考えた。
「わがイオ」
 カポである。駆けてきた彼女は頭に花の輪を乗せていた。見ればその手には同じものがもうひとつあり、イオにそれを差し出してくる。小さな手から受け取った小さな花の輪は、小さな小さな花を編んでできたものだった。ムロは手首にそれを通し、よく眺めてカポを褒めた。
「おお、わが子カポよ。これはとわに朽ちぬようにしよう」
「いいえ、わがイオ。これは朽ちてよいのです」
 イオにはその言葉の意味が分からなかった。愛しいカポが丁寧に作ってきたものが朽ちていいわけがない。しかしカポは言った。わがイオ――朽ちるからこそ美しく、愛しいのです。朽ちるまでの短い時こそ、海のように深く愛おしむことができるのです。
「カポよ、おまえはよい子である」
 イオはカポを抱き寄せ、花輪の頭にくちびるを押し当てた。カポは嬉しそうに笑い、そして去ってゆく。その姿は花に集う羽虫のように軽く、美しかった。
「イオよ、いつもそのようにしているのか」
「やってみるといい。カタはよい匂いがする。心が豊かになる」
「ほう……」
 どれどれ、と傍へ来たカタを捕まえては鼻やくちびるを押し当てるムロたちと、そうされて愛らしく笑うカタたちに、混ざらずひとりじっと見るムロがいた。それに気が付いたイオが声を掛ける。
「アシよ、なにごとか」
「なにもない」
 混ざらないアシはその場を立ち去った。

 空が暗くなり星々が見えるころ、ムロたちは祝いの儀式を行った。カタを生み出して十と二回目に空へ上った星々を愛でる。そこにはカタたちもおり、あらゆる音を鳴らしては歌を歌った。よろこびの歌、かなしみの歌、愛おしさのあまりに胸が切られるような心を歌ったものもあった。星々のめぐりが重なるほどに青い玉は成長し、カタの内側は細やかさを増すようだった。羽虫の散らす粉ほどに小さなその震えの数々を、ムロたちは愛おしんだ。
「カタはよい。われらにないものを多く持っている」
「われらはカタにはおいつかぬ。それでよい」
「ああ、それでよい……」
 ムロたちはカタについて語らい過ごした。カタは細やかな違いを持ち、その細やかさを言葉にして歌い、朽ちるものにさえ愛を見る。ムロは彼らを生み出し、青い玉を与えただけだ。カタはムロの子でありながらムロよりもっと様々なものを生み出している。これから幾度も星々がめぐればきっと、いつかカタは今よりずっと大きなものとなるだろう。それを見ることは喜びだ。ムロたちは口々にそう語った。
「そのようになるか、どうか」
 声音の違うものが言った。アシである。イオは向き合った。
「アシよ、なぜそう言うか」
 するとアシは笑った。これまでに見たことのない顔つきだった。笑うというのは喜びの顔だ。だがアシの笑みは違っていた。イオの内側に、言い知れないものが淀む。自分の胸に手をやり淀みの在り処を探るが分からなかった。
 と、そこへ衣の裾を掴むものがあった。カポである。
「わが子カポ、なにか」
「わがイオ……」
 カポはぐいと衣を引いた。どうしたのかと抱き上げる。目の高さが同じになったとき、カポはイオの肩へ顔を押し当てた。衣の中へ潜ろうとする。何かから逃れるかのようだった。
「なにごとか、わがカポ」
 草を踏む音が鳴り、イオは顔を向ける。アシが近付いてきた。カポはいっそう顔を隠す。身を震わせるカポを衣へ隠し、イオはアシに向き合った。
 アシの笑みは変わらなかった。その目は木陰の水より冷たく思えた。だが木陰の水は命を潤す尊いものである。アシの目の冷たさはそれとも違う。ふいに、イオの内側へ流れ込む声があった。それは衣の中で隙間なく体を合わせているカポの、青い玉から伝わるものだった。
 ――獣。血肉を食らう獣。
 獣にも子があり愛がある。だが青い玉が見せる獣は、獲物を食らうべくにじり寄るときの姿をしていた。そしてそれは愛する子のための狩りではない。生きるための食事ではない。ではなぜ、この獣は食らうのか。目の冷たさは、愛なきゆえだった。
 アシがまた近付く。カポが震え、イオは下がる。アシが近付く。
 伸ばされた手が、衣の中のカポに向かう。
「わが子に」
 ざわり、草が薙ぐ。歌が止んだ。
「触れるな」
 イオの放った言葉は玉になりアシの体を打った。アシが吹き飛び、地に落ちる。
「イオ、なにをするか」
「イオ」
 ムロたちが集まって来る。次々にイオに触れ、内側の淀みを消し去った。両の目が大きく開いていたことに気が付いたイオは力が抜けてそこへ崩れる。このようにしてはいけなかった。誰もしたことがなかったのだ。相手を打ち倒すなど、理由がなかった。
「ほう、ほう。イオのカタはずいぶんと成長しているようだ」
 地に尻をつけたまま、アシが言った。その言葉の使いかたはムロたちとは違っているように聞こえる。感情である。言葉の中に細やかな感情が見えるのである。まるで、そう――カタたちが軽やかに話すときのように。
 イオの内側にふたたび淀みが沸き上がる。胸にいだいたカポに伝えてはならないと思った。この淀みを生み出すものの正体を、美しい青い玉に伝えてはならない。しかしカポを離すわけにはいかないのだ。あのムロ――アシに触れさせてはならない。なぜ。イオは目を凝らす。風よ、大地よ。海の水よ、われに教えよ。あのアシは何であるのかを。この胸の淀みはどこから来るのかを。そしてイオは見た。アシの胸の奥に宿るものを。
「アシよ……なぜ青い玉を持つか」
 朽ちようとする葉が風に飛ぶかのような、小さな声だった。それは震え、しかし喜びや悲しみによるものでははい。カポをいだく両腕に力が増す。ムロたる存在がこれまでに得たことのない感情だった。怒り――淀みはそう名乗る。イオは駆けた。淀みに吞み込まれてしまう前に、アシの前から立ち去った。怒りとともにイオを脅かすものは、恐怖である。

 それから三度星々が廻ったその翌朝のことである。命を終えたカタたちを土に還した場所が暴かれた。
 獣のやりようではない。朽ちたカタの亡骸は胸を開かれ残されてある。失っていたのは、青い玉だった。



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