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最後のマスカラ / 毎週ショートショートnote

男は作り笑いする私をちらりと見た。
「どうせ付け睫毛でしょ。」
「自前です。」
彼は吹き出した。
「そんなあからさまに嫌な顔してたら客つかないよ。」
余計なお世話。
グラスに氷を入れ、キープされたお酒を注ぐと手で止められた。
「そこまででいい。」
ロックグラスの三分の一。
「本当は飲めないの?」
「大事な酒だから、ゆっくり飲みたいんだ。」
男は一口含むと少し目を瞑る。
「美味しそう。」
「君も何か飲んだら?」
美味しそうなのは彼の色気だったけど、私はビールを飲むことにした。彼の低い声は耳に心地良い。他の客みたいに胸に触ろうと手を伸ばさないし連絡先も聞かない。

彼が来る火曜日が楽しみになった頃、彼のボトルも少なくなった。
「新しいの入れる?」
彼は首を振った。
「その酒はもう手に入らないんだ。…来週で最後だな。」
彼の目当てはこの四角い瓶のウィスキー。最初から私じゃなかった。

翌週、私は念入りに最後のマスカラを塗る。せめてこの長い睫毛を覚えていてね。

#最後のマスカラ
#毎週ショートショートnote

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