睡蓮

「モネの絵みたいな、綺麗な蓮の池があるの。」「モネ…?ごめん、絵はあまり知らないんだ。」それは残念。絵画に興味が無いなんて。「でも君が見たいなら、一緒に行こうか。」残念だけど優しい人。優しい人は割と好き。割と。

彼の車で蓮の池へ向かう。街を出て、橋を渡り、山道を進む。あまり話さない私に彼は色々な話をしてくれる。良い人も割と好き。割と。

やがて。木々の間を抜けた先に、ぽっかりと空間が開ける。車を止めて、簡易な階段状に敷かれた木の板を降りていくと色とりどりの蓮の花が咲く池が現れた。

「本当だ、綺麗だね。」「そうでしょう?向こうにボートもあるらしいの。」彼を手漕ぎボートが置いてある場所へと連れて行く。所有者に無断で乗るのを躊躇う彼に「少しだけ。お願い。」と甘えるように頼む。彼は優しいから仕方なく一緒に乗ってくれる。いつも通り、そのまま池の中央へ進み、私が何かを落としたフリをする。「え、どこ?」優しい彼が少し身を乗り出して探している背中を思い切り押す。どん。

沈みゆく彼を見ることもなく、バシャバシャと激しい水音を聞きながら、私はボートを漕いだ。もう3人目にもなると漕ぐのも上手になった。私は1人で岸へと向かう。彼が私に愛想を尽かす前に、この恋が終わってしまわないように、この美しい水底に閉じ込めた。満足だった。

外観が男か女かなんて関係なく「好き」になってもいいじゃないか。と言える世の中に少しづつ変わってきた。だったら私みたいなタイプも少数ながらいるかも知れない。私は誰も好きにならない。素敵な人だと思うことはあっても恋愛関係になどなりたくはない。なのに、相手はそれを望む。

嫌いになるのも嫌われるのもイヤなだけ。だからその前に、思い出だけ残して彼には消えてもらう。話してもきっと分かってはもらえない。だからサヨナラ、あなたの身体。

ザバッと大きな水音がして、ボートが傾いた。水底へ沈めたはずの彼が上腕で捕まっている。「ごめん、ちょっと濡れちゃった。残念だけど落とし物は見つけられなかったよ。」と爽やかに笑った。突き落とされたのに。ずぶ濡れなのに。

ーもしかしたら。この人なら割とじゃなく好きになれるかも知れない。もしダメなら…今度はちゃんと沈めよう。

彼がボートに乗れるように私は手を伸ばした。

え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。