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【キッスで解けない呪いもあって!〜ボッチ王子と眠れる国〜】第二話

 光のせいで彼女がよく見えない。時生は聞きたかった。君は誰で、ここはどこで、僕らは何をしてるのか。そしてアレは……。なのに口が開かない。
――そうか、これが僕が眠らせた記憶なんだ!
 すると、何だか場面が飛んだ様な感じで、急に女の子がインク瓶に羽ペンをつけつけ、時生に本を開かせ何かを描き込んでいる。
「これはね、おまじないだよ。境師さかいし守り矢まもりや。オージを守ってくれるからね」
 それは真横に長い線を引いて描いた一本の矢だった。その時、ようやく自分の声がした。
「あ、あの、僕は……」
 が、ペンギン猫が怒ったように「シャッッ!」と鳴いたので声が止まる。闇の中の何かが大きくうごめいた。女の子は本を閉じると猫にお礼を言った。
「ありがとう。あのねオージ、あれに名前を教えちゃダメ。いい? 何か取られそうになったら、この本を相手につきだしてサカイにするんだよ。自分を守れるのは自分なんだから、て、さ……ちがった、おばあちゃんが言ってた。あれはね、人のものを何でも欲しがるんだ。すっごくしつこいの」
「な、なんでそんなに欲しがるの……あ、あれは?」
 時生の――十五歳の時生の声が震えている。
 ――おいおいおい、しっかりしろよお前! て僕だけど。僕に比べてこの子めっちゃカッコいい……。
「あれはね『オーロラの卵』を手に入れようとしてるんだって。ずっと、何年も、何十年も何百年も、自分の体があんな風になっても。だから色んな人の色んなものを手に入れて、それをエサにして、『オーロラの卵』をさがし続けてるの」
 ――餌……。「餌……」
 時生と同じ思いを感じたらしく、記憶の体がゾワリとした。しかし、恐怖以上に興味が湧いた。それは十五歳の自分も同じらしい。
「『オーロラの卵』って『オーロライースターエッグ』の事だよね。別名、神の復活の卵」
「カミノフッカツ、て、ナニ?」
「……そっか、難しいよね。ええと分かりやすく言うと、昔人間は神様とそっくりだったんだ。今よりずっと長生きで、頭も、目も、耳も、鼻も、ずっとずっと良かった。だけど人間が、堕落、うーん、なんて言うか、生きるのを怠けて、怒った神様がその能力を取り上げて卵の中に眠らせたんだ」
「なんでそれがオーロラの卵なの?」
「ここからが面白いんだ。神様はその卵を氷の大陸、南極に隠す事にした。そして希望の女神オーロラにその卵を託したんだ。いつか人間が自分の人生を生きるようになった時、その卵を復活させるようにって。そして守護獣としては珍しいペンギンが、オーロラの元で卵の番をする任を与えられ、そのペンギンとオーロラエッグがモチーフになった紋章を掲げてるのが、あの謎の公国――」
 ――おい、おいって! 顔、その子の顔!
 時生のオタク気質爆発のしゃべりに、女の子はポカンと口を開けている。若き時生も漸く気づいて
「あ、ご、ごめん! 僕調子にのって……」
 謝ろうとすると、
「すごいオージ、めっちゃかしこいね! 何言ってるかよくわかんなかったけど、オージものしり博士!」
 ――めっちゃいい子!
 そこで唐突に暗闇に包まれたかと思うと、女の子の声だけが脳裏に響く。
「おとなになったら、見つけてね!」
 それに自分が何と答えたのかわからない。 記憶はここまでだったから―― 

 クレバスに落ちて、時生はすぐに救出されたそうだ。うっすらとした記憶の中、スミス所長が、
「クレバスの幅が狭くて良かった。ブカブカのジャケットが上手く詰まってくれたんだよ」
 と言ったので、時生は、ああ、レディに男のプライドも無駄じゃないって教えなきゃ、などとぼんやり考えた。所長の隣ではタカフミが泣いている。
「ごめん時生! 危ない目にあわせて本当にごめん! 俺、一生かけてお前を守るから」
 大袈裟な奴だな。そんなの無理だからいいのに。
「あと、あの本、クレバスに落ちたみたいなんだ……。あれ、お前の大切なものなんだろ? 絶対、絶対あの本も見つけるから!」
 一生懸命なタカフミがおかしくて、時生は急に力が抜けて眠りに落ちていく。ふと、
『ここに矢が描かれているだろう? これは境矢と言って、自分と魔物の間に境界を引く守り矢だ。インクが新しいから今日描かれたんだろう。と言う事は、お前は魔物に狙われているのかもしれない』
 そう言って父があの本を肌身離さず持っておくようにと、腰鞄を作ってくれた事を思い出した。
――何で父さんは何でも知っているんだろう。
 自分はと言えば、あの日の記憶を取り戻しても、解らないことが増えただけだ。
 なぜ眠らせた『今日』の記憶の一部だけ蘇ったのか?
 あれの正体はなんなのか?
 オーロラの卵は実在するのか?
 あの本はどうして半冊になったのか?
 境の国村はどこにあるのか?
 あの子が眠り姫なのか?
 あの子に、もう一度会えるのか――?
 ――ああでも
 と眠りに抗うように時生は記憶を反芻する。一つだけ解った事があった。あの本の表紙を初めて見た。
 ――あの本、『sleeping眠っている report報告書』なんて……変な題名。

 一方、そんな時生をよそに世界中は大いに湧き立ち、広場では各国の中継が続いた。中でも一番目立っていたのはあの日本国のレポーターだった。
「今世紀最大のニュースです!なんと先程のペンギン少年がクレバスに落ちそうになったところを、自ら身代わりになったヒーローこそ公国の王子でした!クレバスに落ち、救出される際に王女らしき存在を予見したと口にしたそうです。王女の手掛かりは、何と日めくりカレンダー!予見に出てきたカレンダーは『2012年』のもので、王女は推定十歳。少なくとも2017年現在十五歳くらいのオーロラ姫が、世界のどこかに存在していると思われます!」

❄︎ ❄︎ ❄︎

 日本国にほんこく境ノ村さかいのむら、メープル通りメープル商店街の村一番のダイナー、ペンギンカフェ。ここでも朝から村中の人間がエッグモーニングを頬張りながら、王子と眠り姫の事を喋り立てていた。
「なあ! あの王子様がキスすれば、村の呪いも解けるんじゃねぇかな?」
「馬鹿か? ウチの村に姫なんかおりゃせんだろ」
「いるじゃん、眠り姫」
「ありゃ居眠り姫だろ」
「大体どうやって王子に来てもらうんだよ? オーロラ公国には完全無視されてんだろ?」
「あいつら『眠りの呪い』の事を口にしただけで、通信遮断しやがって」
「やっぱ村だから相手にされないんじゃないかな? 日本国に頼んだほうが……」
「お馬鹿か? 国はこの村が閉じられてた方が都合いいんじゃから、阻止するに決まっとろう」
「せっかくのチャンスなのにどうするの、桜さん」
「ガタガタうるさいねェ。まだその時じゃあないよ」
「でも百年まで後五年もないでしょ」
「眠り姫コンテストして選んだ子と、王子を見合いさせるってのはどうよ?」
「大馬鹿かっ! この現代に十五歳かそこらの子を人身御供にする気かっ!」
 大人達が堂々巡りの議論をする中、店の喧騒と卵の美味しい香りに包まれながら、一人の少女が隅のバーラウンジに置かれたテレビを、口をあんぐり開けて見ている。フォークに乗せたスクランブルエッグがボタボタと落ちるのも気づかない。隣のソファでは緑の瞳の幼顔の女性が、そんな少女を面白そうに見ていた。翠の黒髪を編み上げ、同じ色の襟高ワンピースを着た彼女の膝には、お腹だけ真っ白のペンギンの様な黒猫がゴロゴロ喉を鳴らしてくつろいでいる。
「ねぇマダム、ママ何回もTVで流れてるよ。ママ、ボッチ村初の有名人になった?」
「そうねぇ。今、日本国一有名なリポーターでしょうね」
「ねぇマダム、眠り姫は十五歳なんだって。もしかして私かもしれないかなぁ?」
「そうねぇ。そうかもしれないわねぇ」
「ねぇマダム、マダムの名前はオーロラ?」
「違うわ」
「アリエル?」
「残念」
「ベル?」
「ハズレよ。今日はディズニーシリーズかしら?」
「あたり!て、私がマダムの名前を当てるのにぃ!」
「姉ちゃん、先学校行くよ。行ってきます、マダムにポワロ」
「いってらっしゃい、颯太」
「そっか、学校行かなきゃ。忘れてた。行ってきます、マダムにポワロ!」
「いってらっしゃい、楓。あら、どうかした?」
「ねぇマダム、さっきのペンギン王子ね、ホンモノの王子にならない?」
「さあどうかしらねぇ。楓はそうなって欲しいの?」
 その時、琥珀色の瞳が驚いた様にちょっと見開き、口がきゅっと結ばれたかと思うと、楓は赤い顔でコクリと頷いた。
 するとポワロと呼ばれたペンギン猫がナーンと鳴き、それと同時にテレビ横の『時を告げる大時計』がボーンと鳴った。
 それを聞いた途端、楓と颯太は顔を見合わせ、我先にと駆け出した。子供達にとっては遠い南極の話より、数年ぶりに時を告げた村の大時計の方がよっぽどのニュースだったからだ。
 
 

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