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【キッスで解けない呪いもあって!〜ボッチ王子と眠れる国〜】第三話


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「ど、どうですか淑女レディ、じゃなくて女王陛下クィーン・メアリ。 お、おかしくないですか?」
「ええ時生、とっても素敵。でもこの方がもっと男前ですよ」
 そう言うとイギリス国女王は、時生の黒縁眼鏡をサッサと取り上げた。相変わらずせっかちなおばあちゃんだ。
 時生がこの唯一の友達、『御伽噺倶楽部おとぎばなしクラブ』の老淑女オールドレディの事をイギリス国女王だと知ったのはついさっき、謁見した時だ。度肝を抜かれたおかげで、まだどもってしまう。
「ずっと隠してたなんて意地が悪いです」
「あら、私達ネッ友でしょう? 素性は明かさないのが流儀というものですよ」
 膨れる時生に、そう冷たい事を言いながらも甲斐甲斐しく身支度の世話を焼いてくれる。
 撫で付けてもすぐ跳ねる癖のある黒髪に、緑色がわからないほどのつぶらな瞳、緊張で赤く染まったソバカスだらけの鼻。いつも通り冴えない自分ではあるが、オーロラ公国の正装のおかげで五割り増しだ。着物の様な胴衣は白銀で、帯はケルト紋様を銀糸で縫い取った荘厳な一品。ズボンとブーツは艶めく黒で、皇帝ペンギンを模しているらしい。
 クレバス転落から数日後の今日。時生の回復を待って、イギリス国のウエストミンスター寺院で、オーロラ公国後見人であるイギリス国女王により、公国の『王司の儀』が執り行われる事となった。
 世界中のメディアと権力者が見つめる中、儀式は礼拝堂正面に設けられた、緑のビロードの天蓋の中で行われる。そして今は天蓋の入り口も閉じられ、気心の知れた女王と二人きり……
「ご機嫌だねぇ、時生君」
 いや、三人だった。全く気に食わないが、タカフミが時生と全く同じ格好で隅に立っている。
「そりゃそうさ。もうすぐ僕は呪いを解いて本来の十八歳の姿に戻るんだ。だから君も早くその衣装を脱いだらどうだい、タカフミ君」
「なんでだよ」
「呪いが解けて僕は大きくなる。当然この衣装は小さくて着れない。だからだよ。この天蓋に王子として入って来たのは君だけど、出て行くのはこの僕だ」
「うわ、おまえ最低だな。じゃあ俺は何着るんだよ」
 南極で時生がオーロラ姫を予見したあの日、真っ先に報じた日本国のレポーターは少々間違えた。時生とタカフミを取り違えたのだ。そしてそれに倣って各国もオーロラ姫を予見した王子をタカフミだと報じた。
『まあ、無理もないですねぇ』
 という所長には「なにが?」と聞きたかったが、タカフミを時生の影武者にする、という所長の案には渋々賛成した。もうすぐチビ卒業だから、一時の我慢だ。
 儀式の準備が整い、王笏おうしゃくを持ったメアリ女王が厳かに時生の前に立ち、ドンッと床を打ち鳴らすと、会場中の空気が一変静まり返った。天蓋内の会話は外には聞こえないはずなのに、やはりこの人は凄い。
「この『王司の儀』の王司は『王を司る者』、つまりオーロラ公国の真の王であるオーロラが見つかるまで、王を務める者の事です。そして王司の最大の勤めは
 時生は思わず肩をすくめた。自分の最大の目的はそうじゃない。
「オーロラは女神アウロラの生まれ変わり。『眠りの呪い』を己にかけ、その記憶の一切を眠りの底に封じ込め、世界の何処かに宿りし眠り姫。故に眠り姫を探す王司は王子であり、土地も国民も持たぬのとされているのです」
 女王はそう言うと、ケルト紋様が美しく彫られた聖書台から、一冊の本を手に取った。
「王司に授けられるこの『眠りの書』には、オーロラ公国に伝わる『眠りの呪い』の全てが記されているとされています。呪いのかけ方も、そして解き方も」
 ついにこの時が来た――!
 時生の頭の中は、その緑の革張りの本と心臓の鼓動で埋め尽くされた。女王が差し出したその本を、片膝をついて両手で捧げ持ちながら、震えが止まらない。
「眠れるオーロラ姫を見つけだし、その呪いを解き明かす助けとして、王司にこの本を授けます」
 女王は重々しく片手を本の上に添えそう告げた。
 ああ、やっと――!
 時生が本を自分の顔まで引き下ろした時、
「でもねぇ、その本眠っているのよ」
 と言う声と、『Sleeping眠っている Bookほん』 という題名が目に飛び込んできたのはほぼ同時だった。
「え?」
 と時生とタカフミが言うのもほぼ同時。二人が慌ててページを捲ると、どのページも真っ白だ。
「私が先代から引き継いだ時からそうなの」
「間違いなくこれが『眠りの書』なんですか?」
「ええ。だってねぇ、聞いてごらんなさい」
 女王が口に指を当てるので、二人が黙って耳を澄ますと……寝息が聞こえる。本の中から。
「不思議な力が宿っているのは間違いないわねぇ」
「そんなぁ……」
 時生はその場に崩れ落ちた。天国の未来から一転、ずっとチビのままという地獄の現実。これ以上耐えられそうにない。
「『眠りの呪い』を解く手がかりなんて、もう何も無いのに」
 目の前が真っ暗になり、思考回路が切れかけたその時だった。
「あら、手がかりならあるじゃない」
 女王にそう言われてハッとした。
「そうか、眠り姫だ!」
 本よりも非現実的過ぎて選択肢から抹消してたが、オーロラ公国王子の本来の勤めを果たすべく、彼女を見つければいい。なんと言っても彼女も『眠りの呪い』にかかってる。そして彼女がいるのは
「「境の国村、日本国だ!」」
 タカフミとハモったのは気に入らないが、思わず二人でニヤリと笑う。
「そうですよ、時生。希望を忘れずに。希望は何よりも強い武器。まわりを見てごらんなさい、あなたを狙う権力者がうじゃうじゃ」
「え⁉︎ 僕狙われてるんですか?」
「当たり前でしょう。世界一の巨万の富と不思議な力を手に入れといて、今更なんですか。皆んなあなたを取り込もうとそりゃもう必死。王に、大統領、首相、首席、CEO、悪魔……」
「悪魔?」
 時生は思わず、あのオーロラの渦の中で見た黒いものを思い出して総毛だった。
「ああ違った、小鬼だわ。トムティットトット、ホント厄介ねぇ」
 呆気にとられる時生とタカフミを尻目に、女王は入り口の前に立ち、肘を軽く持ち上げた。タカフミが慌ててエスコートに立つ。
「ではタカフミを王子プリンスとして、時生を王司として宣言する事にしましょうか」
 そして天蓋の外に立つ衛兵に声をかけ、入り口が開くまでの一瞬に、女王は誰にも気づかれない素早さで、見送る時生に囁いた。
「本当はあなたも、姫とのキッスで呪いを解きたいんじゃないかしら?」
 
 天蓋の中で二人に浴びせられる歓声をききながら、あの淑女レディの方が小鬼なんかよりよっぽど厄介だと時生は思う。どこまで本気かさっぱりわからない。悪戯っぽく笑うあの顔を思い出し、時生はつい苦々しく呟いた。
「この姿で真実のキスなんて出来ないから、呪いを解きたいんだっつーの」
 しかしどんなにお茶目でも、女王はやはり女王だ。周りの興奮が最高潮に達するなか、女王メアリは他の権力者を圧倒する威厳で宣言した。
「オーロラ公国後見、イギリス国女王メアリはこのタカフミをオーロラ公国王子とみとめます。そして王司がオーロラ姫を見つけ出せますよう、神の祝福あれ」
 こうしてオーロラ公国ただ一人の国民、王司時生の、眠り姫を見つけるボッチ王子人生は華々しく幕を開けた。と、思われたが、
「やっぱり日本国なのねぇ。これは一筋縄ではいかないかもしれないわねぇ」
 と呟いた女王の言葉通り、時生の眠り姫を見つける旅はそこから更に二年後、二千十九年の春に始まるーー。

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