見出し画像

【ケーススタディーその1(中) 要因分析編】骨折用プレート折損事故

土庫澄子です 前の記事では、左上腕を骨折した患者さんが手術で装着したプレートが折れた事故について神戸地裁平成15年11月27日判決をサクサク紹介しながら事故のシナリオの書き直しを考えてみました


今日は続きですが、前の記事を全部読まなくてもいいように書いていきます

判決は、この事故が起きたもっとも大きな要因は、プレートを装着した患者さんが三角巾を外して車の運転やパソコン操作、ドライヤーなど通常の日常生活を送っていたことにあると考えています さらに、プレートが折れたと知ったあと患者さんが医師の受診をやめてしまい理学療法士のリハビリだけを続けたことにも問題があるといっています

この判決は気になることがあります 判決が描く事故のシナリオには、骨折した患者さんが糖尿病の持病をもつ透析患者さんであることがほとんどカウントされていないのです 

判決が骨折したひとが透析患者さんであることに触れているのは、医師が手術前に患者さんに対して行った説明の部分だけです 

骨折した患者さんは透析機関に週3回透析に通う糖尿病の患者さんでもあります 診療科も医療機関も違いますが、骨折治療と糖尿病とは深い関わりがあると考えられています(←ここは前の記事のはじめのところを見てください)

プレートを装着する骨接合手術からプレート破損事故までの一連の事象のなかで、患者さんの糖尿病を度外視し、事故のシナリオの外に置くのは狭すぎると思うのです

今日はこんな話をメインに書いていきます

■判決文から事故のシナリオを考えるーStep 1.~Step 3.

判決文を読んで事故のシナリオを分析するとき、わたしはまずStep 1.~Step 3.をやります メソッド風に書いていきます

(Step1.)事故のシナリオを探す

・判決が描く事故のシナリオを見つける 

・事故の中心的なシナリオはどこにあるか?も探してみる(←判決の言葉使いに注目するとわかることが多い)

  (Step.2.)   事故の要因を探す

・事故のシナリオを構成する要因を拾い出す

・事故の要因が3個だとすると、

 事故の要因1+事故の要因2+事故の要因3=事故のシナリオS

となります

・判決文をよく見ると、拾い出した要因のうちどれかが主たる要因と考えられていることがよくあります これが事故のシナリオSの中心的部分です 本件では「三角巾を外した」という部分ですね

(Step3.)事故につながるほかの要因を探す

・事故のシナリオに登場しないけれども、事故の発生につながるほかの要因が判決文のなかにあるか?を探してみる 

・判決文のなかには、事故のシナリオ外的な事情がところどころに書かれていることがよくあります 判決の傍論といわれることもあります

・たとえば、現場の行為や出来事の背景にある事情や関係、人物が直接・間接に属する組織内での状況や慣行、あるいは関係する制度の枠組みや考え方・運用の仕方などなどです

・判決文に点在するシナリオ外の事情を事故につながる要因(遠くても近くても気にしない)とみることができるか?事故の発生になんらか影響しているか?を想像力を働かせて考えてみる(←かなり大事なところ)

・この想像力は、事故がどのような部分社会のなかで起きたのか? 事故は部分社会のなかで起きるべくして起きたのか?を考える手がかりを与えてくれます

・Step 3.ではシナリオ外的事情を考えると判決の結論はどうなるか?はとりあえず蚊帳の外においておきます ここも大事なところです

(前の記事はStep 3.で終わっています インクがなくなった!)

■いよいよつぎのステップへ!

(Step4.)事故のシナリオを修正する 

・判決が描く事故のシナリオにカウントされない諸要因から構成されるもうひとつの、あるいはいくつかの新しいシナリオを描いてみる

・判決文に点在するシナリオ外の要因は、判決が書く事故のシナリオに新しい照明を与える プレート破損事故に関する神戸地裁判決は、患者さんが糖尿病患者さんであるというライトをあててみると、シナリオ全体の色彩が違ってみえると思うのです

・神戸地裁判決の事故のシナリオを読み直すまえに、【ちょっと一息】してみます めんどくさい方は飛ばしてくださって大丈夫です

 【☕ちょっと一息☕】ひとつの事故につながるすべての要因をコンビニ店舗に並ぶモノにたとえてみましょう コンビニの店内に一歩入ると棚に並ぶモノたちが視界に入ります 店内を回遊していくと、棚の反対側や向きが違う棚に並ぶモノが視界に入ってきます コンビニの透明な屋根の上からあちこち角度を変えて店内を見下ろせば、店内のすべてのモノが見えるかもしれません ドアというハコのサイドから店内に入るお客さんはハコのなかをグルグル回遊しながらモノを見つけるのです 

■プレート折損事故のStep 4.ーシナリオ外的要因からライトをあてる

「(要因1)三角巾を外して日常生活を送った」を再考する 

判決が描く事故のシナリオには、三角巾の使用をするようにという医師や看護師の指示に患者さんが従わなかったというプロットがあり、身勝手で無理解な患者さんという人物イメージにつながっています

では、「患者さんが三角巾を外した行動」に糖尿病患者さんというライトをあててみるとどうでしょうか?

糖尿病患者さんの場合、骨がくっつくのが遅れることがあり(骨癒合遷延)、また、骨がくっつかない状態のままとなる(骨癒合不全)こともあり得ます 一般的な場合に比べて、三角巾を外してよい状態になるのが遅れたり、時間がたっても残念ながら骨折部が自然治癒せず偽関節の状態のままとなってしまう場合もあります

術後三角巾を使用する必要について医療者の指示や説明を聞いたとしても、糖尿病の骨折患者さんは三角巾が果たす役割や限界を正確に理解できないままだった? あるいは、保存療法ではなく手術したのだから術後の痛みが治まったら三角巾を外して通常に腕を動かしてかまわないと思ってしまった?のかもしれません 

「(要因2)プレートを健常の骨のように扱った」を再考する

判決が描く事故のシナリオには、三角巾を外した患者さんが、プレートを健常の骨のように扱って日常生活を送ったというプロットがあります ここでも医療者の指示に従わない患者さんの人物イメージが作られています

骨接合プレートが、骨癒合を促進するために骨がくっつくまで一時的に使用する補助具であること、骨格の代わりになるものではなく、健常の骨と同じような運動や負荷に耐えられないことについて、患者さんは正確に理解できていたでしょうか? 

プレート装着後のリスクは糖尿病患者さんの場合、深刻になります  糖尿病患者さんは、プレートを装着しても骨がくっつくのが遅れることがあります 骨がくっつかないままとなる場合は、プレートに過度の負荷がかかり続け、プレートの弛緩、彎曲、折損などさまざまな故障がおきることを患者さんは伝えてもらっていたでしょうか? 

断続的にプレートに過剰は負荷がかかるとプレートが折れ、重篤な損傷になります プレートが折れる前にプレートを取り替えたり抜去する必要があることを患者さんは正確に理解していたでしょうか?  

医療者は、糖尿病患者さんに装着したプレートのリスクや限界について患者さんに理解できるように伝えていたのか、判決文からはわからないのです

このリスクや限界について医療者から十分な説明がなかったとしたらどうでしょうか? 患者さんはプレートのリスクや注意点を具体的に十分理解できないまま、三角巾を早々に外してプレートを健常の骨のように扱った可能性が浮かんできます

もしもこのようなシナリオ外的事情があったら、医療者の言うことを聞かない身勝手な患者さんという人物イメージはガラリと変容してきます

糖尿病患者さんの使用するときのプレートのリスクにを十分に理解できていなかったとすると、患者さんはプレートの機能を過信してそこまでとは気付かないまま危険な状態で使用し続けたというシナリオ外的事情が見えてくるでしょう

「(要因3)医師の診察を中断し、リハビリだけを続けた」を再考する

判決が描く事故のシナリオには、プレートが折損したとわかったあと患者さんとお医者さんの関係が悪化し、患者さんは医師に転院したいと告げて紹介状を求めた 医師は紹介状を外来受付に渡したあと、患者さんが来なくなったので転院したと思っていた ところが患者さんは理学療法士さんのリハビリだけを続けたというくだりがあります

ここでも患者さんは医療者に対して身勝手な人物として描かれていると思います

判決文には、理学療法士は医師が指示したリハビリテーションの方針のもとで術後のリハビリを行ったとあります このリハビリテーションの方針については、時期をみて筋力トレーニングを行うなどの内容があったとしています 

ですが、リハビリテーションの方針に、糖尿病患者のためプレートが折損するリスクがあるのでプレートを特に慎重に使用するようにという指示があったかは判決文からはわかりません

もし、こうした指示がお医者さんから理学療法士さんに向けて出されていれば、リハビリのときに理学療法士さんから患者さんに対してプレートは慎重に使用しなければならないことを伝えられただろうと想像します 患者さんが医師の受診を中断したあとはなおさらです

もうひとつあります 理学療法士は受診を中断した患者さんに対して、医師がレントゲンで骨が完全にくっついていることを確認してから三角巾を外してよいという情報を伝えられただろうと想像します(←そもそもこの情報伝達があれば、判決がいう事故の主たる要因(要因1)は避けられたかもしれません) 

患者さんの骨折治療を成功させるには医師の受診の再開が必要であるという情報は、理学療法士がリハビリの専門家として患者さんに伝えることで、お医者さんとの関係を患者さんに考え直してもらうきっかけになったのではないかと思うわけです

ここまで書くとおわかりと思いますが、患者さんの人物像はお医者さんとケンカしてしまった身勝手な患者さんというよりも、診察を中断したまま理学療法士のリハビリテーションだけを続けることが糖尿病の骨折患者さんにとって大きなリスクを伴うことを知らなかった姿が浮かんでくるように思うのです

【☕ちょっと一息☕】コンビニの店内を回遊するたとえ話は、判決が描く人物像についてもいえそうな気がしてきます ハコを回遊して入口からみえる棚以外の棚からさまざまな事象を拾い、患者さんの人物像を造形する話になりますね

■良質なリハビリテーション

ここでもうひとつ (要因3)に良質なリハビリテーションというライトをあててみましょう 

医師の指示のもとで理学療法士が良識なリハビリテーションを行うためには、医師と理学療法士が互いに専門家として緊密なコミュニケーションをとることが大切といわれます 

理学療法士さんは、患者さんがお医者さんとの関係をこじらせ、受診を中断した状態にあると気づいたときは、患者さんとよく話をし、お医者さんと患者さんの関係の修復に努めることも期待されるのではないでしょうか? 

一方で、骨癒合が遅れたり、骨癒合の不全が起きると、リハビリの方針に大きく影響しますから、中断した受診の再開のために理学療法士さん自身が医師と積極的に情報を共有し医師との相互コミュニケーションを図ることも期待してよいのではないかと思います

理学療法士さんは患者さんと近く接し、患者さんのパーソナリティや好悪の感情を理解できる立場にあり、三角巾やプレートを患者さんが日常どう使い、その役割をどう理解しているかについてもキャッチして治療の改善につなぐ対応があってよいように思います

ずいぶん長くなりました インク切れ状態です それでは一体どうしたらこのややこしい問題は解決するのでしょうか? 提案は次の記事に回します

神戸地裁判決のこの話、当初は前の記事一回で終わるつもりが医療者でないわたしが長々と連載みたいになってしまいました 次回こそサクッと完結しなくては! 遅筆長筆を克服すべくがんばります

ここまでお読みいただきありがとうございました☆











 




読んでくださってありがとうございます いただいたサポートはこれからの書き物のために大切に使わせていただきます☆