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日々の生活

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日々の生活の中で感じたこと、考えたことを書いたテキストをこちらにまとめています。
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記事一覧

心付けのジレンマ

読売新聞夕刊の「小町Vote」欄に、旅館で心付けを渡すか渡さないかを問うたアンケートの結果が載っていた。 ふと思い出したのは、友人が温泉旅館に泊まったときの話。部屋に案内してくれた年配の仲居さんに心付けを渡したのだが、その女性の顔を見たのはそのときだけ。食事を運んだり布団を敷いたりと面倒をみてくれたのは別の仲居さんで、その人からは「お気持ちをいただいたそうで……」という言葉はなかったらしい。 「部屋に案内しただけで担当でもないのに、黙って受け取るなんてあり?」 彼女が憤慨す

資格を肩書きにするということ。

「ドクターハリー、ドクターハリー、三階南病棟××号室までお願いします」 明日のオペの準備をしていたら、アナウンスが流れた。 針井という名前のドクターを呼び出しているわけではない。これはハリーコールといって、院内で患者の急変などの緊急事態が起きたときに全館に応援を要請する非常放送である。 胸骨圧迫は数分ごとに交代して行うから人手がいるし、人工呼吸に除細動、点滴ルートの確保、気管挿管や薬剤の準備、モニターの装着、記録係、家族連絡、他患者への対応……とその場のマンパワーでは足りない

ペットの「もしも」に備えていますか?

「夏のボーナスが飛んで行っちゃった」 と同僚が言う。 なにを買ったのと訊いたら、飼っているビーグルが椎間板ヘルニアの手術をしたのだという。 「だってMRIが九万なんだよ。検査だけで十五万、それに手術と入院でしょ……。明細見てめまいがしたわ」 すると、 「うちのトイプーが骨折したときもやっぱりそのくらいかかったなあ」 と声があがった。 それを聞いて、「動物の治療費ってそんなに高いんですか!」と若い同僚。彼女は生まれてこのかたペットを飼ったことがないそうだ。 そうか、あなたは知ら

子どもに大学に行ってほしい理由

友人が高校三年生の息子のことで頭を抱えている。 進学希望なのに、いまだに志望校の目星もつけていないという。三者面談で興味のある学部も言えず、あきれられたらしい。 「一日中スマホ触ってんのに、どこにどんな大学があるかとかオープンキャンパスの日程とかは調べもしない。もちろん勉強もしてない。どうするつもりやろうって毎日イライラよ」 私だったら、「行く気がないなら就職しなさい!」と言うだろうな。 社会に出てから「やっぱり大学に行っておくんだった」と本気で悔やむことがあったら、社会人

「野良猫に餌をやらないで」にもやもやする理由

植え込みの中で倒れている子猫を見つけ、病院に連れて行ったという話を同僚から一週間ほど前に聞いていた。彼女とシフトがすれ違い、その後どうなったんだろうと気になっていたのだが、昨日ようやく続報が届いた。 低血糖症との診断で入院となったのであるが、ブドウ糖の静脈注射で意識が回復。いまは同僚の家で療養しているそうだ。 病院に迎えに行ったとき、ショックなことがいくつもあったと彼女が言う。 まず、生後三か月くらいかなと思っていたら一歳を過ぎた成猫だったこと。 「栄養失調で大きくなれんか

家の近くにあって欲しくない施設

家探しをしている同僚が、夫と意見が合わず困っているという。半年かかってようやく心ときめく物件に出会えたと思ったのに、夫が首を縦に振らない。 「葬儀場のそばなんて縁起が悪い。霊柩車なんか見たくないし、あそこに死んだ人が……と思ったら薄気味悪いよ」 その家から目と鼻の先にセレモニーホールがある。でも、家族葬のための小規模施設だから道路が混むことはなさそうだし、参列者が建物の外で騒ぐこともないだろう。においを出す飲食店があるよりよっぽどいいと思うんだけどね、と彼女は言う。 なるほ

同窓会と大人の分別

夜勤で一緒になった同僚がインスタントのスープはるさめを食べていた。夕食はそれだけだという。 「お弁当忘れたん?私、非常食持ってるよ」 「ちゃうねん、いま節制中やねん」 今月中に二キロ落としたいのだが、同居している親にバレないよう職場での食事を減らしているらしい。 あら、どうして内緒なの。 「ゴールデンウィークに大学の同窓会があるねんよ。それでダイエットなんか始めたら、わかりやすすぎて恥ずかしいやん」 あはは、なるほど。……と相槌を打ってから、ん?看護大学の同窓会だったら女ば

食べたことがない名物料理と幻のふぐ体験

職場の休憩室に東京土産のお菓子が置いてあった。同僚が連休をとって旅行に行ってきたという。 「東京って意外と行く機会なくて、おのぼりさんしてあちこち観光してきたわ。月島で初もんじゃもしてきたで」 すると、すかさず「どんな味やった?見た目通り?」と声が上がり、「え~、見た目通りの味やったらイヤすぎるやん」と笑いが起こった。 関西ではもんじゃ焼きはなじみがなく、私の周囲では食べたことがないという人が多い。私は二十年ほど前に初めて食べたが、それまでは作り方も食べ方もわからない謎の料

青春ソングと遠い日のあの場所

大学時代の友人と焼き肉を食べに行ったら、懐かしい歌が流れていた。思わず顔を見合わせ、同時に「恋心!」と叫んだ。 店のBGMは九十年代のヒット曲メドレーだったらしく、そのあとも「決戦は金曜日」「裸足の女神」「ロマンスの神様」「EZ DO DANCE」とつづいた。二年ぶりの再会だったが、こうなると近況報告どころではない。「ラブ・ストーリーは突然に」「SAY YES」で往年の月9ドラマについて語ったり、イントロクイズをしたりして盛り上がった。 ……のだけれど。急に彼女の口数が減った

「『いただきます』はいらない」について考えた

毎週土曜日の読売新聞夕刊に「もったいない語辞典」というコーナーがある。 著名人が「使われなくなるのはもったいない言葉」を取り上げるリレー形式のコラムなのだが、昨日のそれは元NHKアナウンサーの村上信夫さんが「いただきます」について書いていた。 これを読み、「そうそう、ずいぶん前に『いただきます論争』というのがあったなあ」と思い出した。 事の始まりは「永六輔その新世界」というラジオ番組に寄せられた一通の手紙。 永さんが「びっくりする手紙です」と前置きして紹介したその内容とは、

「結婚は○○だ」の○○に言葉を入れるとしたら。

ばたばたしていて、昼休みに入るのが三十分遅れた……のはいいのだが、休憩室のドアを開けて、しまったと思った。先輩のA子さんがまた「オッサン、オッサン」と連呼している。 オッサンとは彼女の夫のこと。彼がいかに不快でストレスを与えてくる存在であるかを、A子さんはお弁当を食べながらしょっちゅうみなに話して聞かせるのだ。 ひそかに「ジャイアンリサイタル」と呼ばれているそれが始まると、私は「歯磨きしてこようっと」「記録ができてないからお先に」などと言って仕事に戻ることにしている。でも、今

欲しいのはオンとオフ

昨春、病院勤務から訪問看護に移った友人がもう転職を考えているという。 ステーションが二十四時間体制をとっているため、月に五、六回オンコール当番が回ってくる。それが苦痛でたまらないらしい。 「いつ呼ばれるかわからないと思ったら、気が休まらない」 「お酒も飲めないし、遠出もできない。休日が休日にならない」 とこぼすのを聞きながら、そうだろうなあと頷く。 私は看護学生時代、高齢者施設で介護士として夜勤のアルバイトをしていた。 二十時から翌朝八時までスタッフは私一人。入所者が転倒し

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仕事帰り、娘からLINEが入った。返事を打とうとして、彼女のアイコンが変わっているのに気がついた。 うちにいる猫の横顔だったのがいつのまにか自撮り写真になっている。 「えっ、顔出しはあかんやろ!」 思わずつぶやいて……あれ? よく見たら顔が違う。娘のアカウントなのに、これは誰? 帰宅して娘に訊いたところ、「誰でもないよ、AIで作った顔だもん」とすまして言う。 ええええ。そりゃあ顔写真をアイコンにしてはいけないとは言っているが、だからといって自分じゃない顔を使う意味がわからな

三十年目の気づき

しゃくりあげる自分の声で目が覚めた。枕の冷たい感触で現実に戻ったあとも、涙はしばらく止まらなかった。 夢の中でも置いて行かれるのは私なのね。 なぜ唐突に彼の夢を見たのか、理由はわかっている。 フェイスブックでつながっている共通の知人から新年のあいさつが届き、否応なしにあの頃のことを思い出したところに、貴乃花さんの「独占告白 初恋の人と奇跡の再会を果たすまで」というネット記事を読んだからだ。 貴乃花さんが十代の頃に付き合っていた人と再婚したことはこのあいだニュースになっていた