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家の近くにあって欲しくない施設

家探しをしている同僚が、夫と意見が合わず困っているという。半年かかってようやく心ときめく物件に出会えたと思ったのに、夫が首を縦に振らない。
「葬儀場のそばなんて縁起が悪い。霊柩車なんか見たくないし、あそこに死んだ人が……と思ったら薄気味悪いよ」
その家から目と鼻の先にセレモニーホールがある。でも、家族葬のための小規模施設だから道路が混むことはなさそうだし、参列者が建物の外で騒ぐこともないだろう。においを出す飲食店があるよりよっぽどいいと思うんだけどね、と彼女は言う。

なるほどねえ。私だったらどうだろう?
しばらく考えて、「残念だけど、今回はあきらめるかなあ」と思った。
不吉だとか怖いだとかいう理由ではない。
病院で働いていると言うと「なんか出たりしない?見たことある?」と訊かれることがあるが、夜勤のとき、他に空いた個室がなければその日死亡退院した人の病室でも仮眠をとる。エンゼルケアといって、亡くなった患者さんの体を拭き、シャンプーやメイクをして最後の旅立ちの身支度をするのも私たちの仕事だ。「死=不気味」という感覚はない。

でも、さすがに近すぎるのでは……。
電車で来る参列者は家の前の道を通ってそのセレモニーホールに向かうという。彼女は広い庭があってバーベキューができると言っているが、喪服を来た人の往来があったらどうだろう。こちらは自宅であり日常の生活を送るのになんの遠慮もいらないとわかっていても、なんとなくバツの悪さを感じてしまわないか。
「いまそこでお葬式やってるから……」という気兼ねのようなものが暮らしの中にちょこちょこ顔を出すかもしれない。それはばかばかしいなと思う。
営業マンが「もう五百万高くてもおかしくない掘り出しもの」と言ったそうだが、疑り深い私は真に受けない。その価格で売りに出されているということはやっぱりその価格でないと買い手がつかないんだろう。だったら将来売却するときに困りそうだ。

他に候補はないのと訊いたら、「だんなが気に入っている物件がひとつあるけど、ゴルフ場の真裏なんだよね」と同僚。
「『緑が多くていいじゃないか』だって。除草剤の影響を考えたら、それこそ気味が悪いよ」
ああ、それはたしかに。
うちのお隣さんは庭の草木の消毒をするとき、前もって知らせてくれる。だからその時間までに洗濯物を取り込み、窓を閉めることができるが、ゴルフ場がいつ散布するかなんてわからない。しかもあの面積である。
私も健康と安全を脅かすリスクには目をつぶれない。実害があるかどうかはわからない、それなら離れていようと考えるほうだ。

十数年前まで住んでいた家のすぐ近くに送電鉄塔があった。まったく気に留めていなかったのだが、「WHOの国際がん研究機関が『証拠は限定的』としながらも携帯電話の電磁波と発がんのリスクに因果関係があると発表した」という新聞記事を読んで、はじめてその存在を意識した。
電力会社のサイトには「電磁波に健康リスクがあるという確たる証拠は認められないから問題ない」と書いてある。国際非電離放射線防護委員会や経済産業省など公的機関の見解も同じだ。
しかし、自分がどのくらいの電磁波を浴びながら暮らしているのかを知りたくなった私は東京電力に自宅の電磁波の測定を依頼した。無理を言ったわけではなく、ちゃんとそういうサービスがあるのだ。
そうしたら、歩いて一分のところに鉄塔があってもぎょっとするほどの数値は出なかった。聞けば、鉄塔は送電線を支える設備であり、電磁波を発するのは送電線だそう。
だからこの先引越すことがあっても、窓を開けたら目の前に電柱の柱上変圧器(グレーの円筒形のもの)があったり送電線が何本も走っていたりする家は選ばないだろう。


生活に支障が出たり健康に害を及ぼしたりする恐れのある施設が物件の近隣にある場合、環境的瑕疵(欠陥)として不動産業者は購入希望者に告知しなくてはならない。
高速道路、ゴミ焼却場、ガスタンク、墓地、養豚場、ラブホテル、暴力団事務所、刑務所などで「嫌悪施設」と呼ばれる。葬儀場と送電鉄塔もそう。たしかに、それらのそばに住めてうれしいという人は少ないだろう。

しかし、中には「えっ、それも告知対象なの?」と思うものもある。
中古の戸建を探してあちこち内見していた時期があったのだが、ある物件の資料に「土壌汚染の可能性あり」という記載を見つけた。
尋ねると、「クリーニング屋の跡地なんです」と言う。ガソリンスタンドや化学工場ならさもありなんだが、クリーニング店もなのかと驚いた。ドライクリーニングの工程で使用する溶剤に有害なものがあるのだそうだ。

意外といえば、不動産メディアを運営するAZWAYが実施した「家の近くにあって欲しくない施設」の調査結果。パチンコ店、居酒屋に次いで、教育関連機関が三位にランクインしているではないか。ゲームセンターや風俗店より上位とは……!

私は子どもの通学姿を見ると心が和むし、災害のときに避難所になるから学校は近いほうがいいと思っているが、真ん前に住むと子どもの声やチャイムの音、運動場の砂埃に悩まされることがあるらしい。
そういえば、新設予定の保育園が住民の反対運動で建設中止になったというニュースはときどき聞くものな。

あるとありがたいと感じる人もいれば、迷惑と感じる人もいる。本当に人それぞれだ。
上記の調査と同時に行われた「家の近くにあって欲しい施設」ランキング。三位までは買い物施設で、四位に入ったのが病院であるが、私は避けたい。
プライベートでまで救急車のサイレンは聞きたくない。気が休まらないもん。


【あとがき】
林真理子さんのエッセイに、土地を購入して古家を取り壊したら見晴らしがよくなり、一本裏の通りに茶色の建物があるのに気がついた。なんですかと人に訊いたら、火葬場併設の斎場と言われてびっくりしたという話がありました。「銀行の人も工務店の人も誰ひとり教えてくれなかった」とありましたが、不動産業者は告知しなかったんでしょうか。
至近距離にいきなり火葬場が現れたら衝撃ですよね。洗濯物に灰がかかるよねえ……とお手伝いさんに言われたそうです。