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シートンの犬

―――危険が迫っていたのは


 動物というのは、ちょっと説明のつかないような、非常に不思議な感覚を持っていることがあります。これも、そんな話の一つといえるかもしれません。

 

 アーネスト・シートン。あのシートン動物記で、有名な人です。

 彼は、一匹の犬を飼っていたことがありました。

 ビンゴという名前のコリー犬でした。

 当時、アーネストは、お兄さんと一緒に農場の仕事をしていたのですが、ある日、お兄さんは、干し草をとりに、遠い谷へ出かけていきました。

 そのとき、アーネストの兄は、ビンゴを連れて行こうとしたのですが、どうしても、ついて行くのを嫌がるのです。そして、悲しそうに遠吠えをするのです。

 アーネストの兄は、あきらめて、一人で馬車で出かけていきました。

 

 その日は、一日中、ビンゴは、心配そうに、うろうろして、アーネストの周りを離れませんでした。そして、悲しそうに吠えるのです。

 さすがに、アーネストは、聞いていられなくなって、

 

「あっちに行け!」

 

と、そばの物を投げつけたりしましたが、ビンゴは、どうしても、その行為を止めようとはしませんでした。

 そのとき、ふと、アーネストは思いました。

 

「もしかして、兄の身に何か起こることを察知しているんじゃないだろうか?
それで、兄が出かけるのを必死に止めようとしたのではないだろうか?」

 もう、兄には、生きて会うことはできないかもしれない。アーネストは、心配しながら、兄の帰りを待ちました。

 

 夕方、アーネストの兄は無事、帰ってきました。アーネストは、ほっとしながら、尋ねました。

「何か変わったことは、なかったかい?」

「変わったことなんかあるもんか!」

 

 結局、そのときは、アーネストには、この犬の行為が、何だったのか、わからないままでした。

 それから、何十年も経ってから、アーネストは、そういう不思議な出来事を研究している非常に有名な専門家に出会う機会があり、そのことについて、尋ねてみました。

 

 その研究者は、アーネストの話を聞くと、急に真顔になって、言いました。

「その犬は、何か危険なことがあった場合、お兄さんの方に行きましたか? それとも、あなたの方に行きましたか?」

「わたしの方です……」

「それでは、危険が迫っていたのは、お兄さんではなく、あなたの方だったのですよ。ビンゴは、家に残って、あなたの命を救ったのです」

「そうでしょうか?」

「信じようと信じまいと、それは自由です。
しかし、その日、あなたが、一人でいたら、あなたの命は、なかったでしょう」

 アーネストは、心の中で、「馬鹿な……」と思いましたが、それを聞いたとき、ぞっとしたそうです。

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