静寂(せいじゃく)
私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
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※この作品はフィクションです。
(SE) (車が走ってきて止まる音。ドアの音。足音)
若僧:
わー少し雪、降ってきた。さみぃ……
この墓……ですよね……
遺族なんかいないんだから、律儀に命日にお経なんか挙げなくていいじゃないですか!
(SE) (ひっぱたく音)
若僧:
いてっ! 何するんすか!
老僧:
……遺族がいない方だからこそ、我々ができるだけのことをするのです。
若僧:
はあ、まったく……この爺さん、独りで亡くなってたんすよね……
なんで、あんな辺鄙な山奥に
一人で住み続けたんすかね?
老僧:
林業が盛んな頃は、
あの地区にも、たくさんの人がいたのですが……
若僧:
山で年寄り一人って、不便だし危ないじゃないですか。
わかんねえなー。
なんで引っ越さないんですかね?
周りの迷惑考えないのかなー
SE (ひっぱたく音)
若僧:
いてっ!
老僧:
それは部外者が安易に言っていい言葉ではありません……
人にはそれぞれ事情というものがあるのです。
それと、あなたも僧侶を目指しているんですから、
もう少し言葉遣いを……
若僧:
俺、バカだし、和尚様みたいに、育ち良くないですからね。
すげえ不便なのに離れたくないような
故郷とかってよくわからないっす。
一緒に住もうって、一人息子が、
定期的に来てくれてたんでしょう?
爺さんちの凍った駐車場で滑って転んで頭打って……
運悪く、爺さんにも気づかれないまま冷たくなってたなんて。
結局、爺さんも、
突然の病気で孤独死でしょう?
老僧:
…………息子さんが亡くなったあと、
私は、あの家で、太一郎さんにお会いしました。
私が、あの家について車から降りると、
太一郎さんは磨り(すり)ガラスの窓を開けて、
こちらを見た……。
私が玄関に着くと、
太一郎さんは、向こうから戸を開けて迎えてくれました。
なぜ、太一郎さんは、私が来たのがわかったのでしょう?
若僧:
そりゃ、和尚様の車が近づいて来るのが見えたからでしょう。
老僧:
いや、窓は磨りガラスだったと、今、言ったでしょう?
若僧:
あ、そうだった……それじゃあ、車の音がしたんじゃないすか?
老僧:
そう……あそこは、とても静かな所です。
車の音、よく響いたと思います。
私が車で来たのが、太一郎さんには『音』でわかった。
でも、息子さんが車で来た時……
……息子さんが駐車場で転倒した日です。
息子さんが転倒したと思われる時間、死亡推定時刻は、昼間だったそうです。
『車の音』は、太一郎さんには、聞こえなかったのでしょうか?
若僧:
そういえば、なんで、気づかなかったんすかね……
……たまたま出かけてたとか?
老僧:
駐車場は玄関に面していました。
外出していたのなら、出かけるときか、
あるいは、帰ってきたときに
倒れている息子さんに気付くはずです。
若僧:
あっそうか……テレビを見てたとか。
老僧:
公共放送の料金に反感を持っておられたそうで、
あの家には、テレビが無かったのです。
若僧:
あらら。PCもスマホも……
老僧:
もちろん、そんなものはお持ちではありませんでした。
若僧:
あ、そうだ。ラジオを聞いてたとか。
老僧:
太一郎さんは「ラジオが壊れて退屈だ」と言っておられたので、
寺に余っているラジオを持っていったのです。
事件当日、ラジオを聴いていたとは考えにくいですね。
若僧:
……?
老僧:
息子さんが亡くなったすぐあとに、
私は太一郎さんに会いました。
太一郎さんは、頭も耳もしっかりしていました。
老いたとはいえ、
車が来たのに気づいて、
窓を開けるような敏感さが太一郎さんにはあったのです。
しかし、なぜ、息子さんが転倒した日に限って、
車の音に、気づかなかったのでしょう。
あの日、私が、太一郎さんに会った時も、
それを、すぐに思いました。
若僧:
……
老僧:
警察官の方に聞いたのですが、
駐車場にとても薄い氷が張っていたと聞きました。
しかし、薄い氷だったので、
ただ濡れているだけのように見えるほどだったそうです。
太一郎さんが言うには、庭へ通じる水道が漏れて溜まっていたのだそうですが……
何かが凍るのは、この地域の冬ではよくあることです。
しかし……
あの薄い氷。ブラックアイスバーンと呼ばれる現象。
あれは、よほど慣れている人間でも
足を踏み入れると転びます……
若僧:
爺さんが息子を殺した?
でも、そんな方法じゃ、全然確実じゃないっすよね?
老僧: …
…もちろん最初は嫌がらせ程度のつもりで殺意までは無かったかもしれません……
でも、息子さんが転倒して意識を失っているのをわかった上で、
寒空の中、一晩放置したのなら……それは殺人です。
若僧:
……いやいや……え゛え? だって、なんでそんなことを?
老僧:
あの二人は、もともと仲が悪かったのです。
それが、ある時期から、突然、太一郎さんと一緒に暮らそうと息子は言い始めた。
息子の経営している会社が潰れそうだという噂が流れ始めたタイミングでした。
若僧:
それは……
老僧:
なぜ、生活が苦しいのに、
手のひらを返したように
仲が悪かった父親を突然呼び寄せようとしていたのでしょう?
太一郎さんは、そのことについて、どう思っていたのでしょう?
本当の所はご本人たちにしかわかりませんが、
人には、それぞれの事情というものがあるのですよ。
何があったにしても、お二人ともども、
彼岸を越えていってしまわれた。
私たちができることは、ただただ、お二人の魂のために祈る事のみですね……
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