父ちゃんのいない世界
恐れていた日がついにきてしまった。
それも突然に。
「奈落の底」というものがこの世に存在し、それがどんな場所なのか私ははじめて知ることとなる。
世界で1番大好きな父ちゃんが亡くなった。
訃報を聞いた時、はじめ何を言っているのかわからなかった。
在宅で仕事中だった私は暢気に昼食は何を食べようかと考えていた。叔母から着信があり通話ボタンを押すと開口一番、お父さんが亡くなったと告げられた。
どこの誰のお父さんの話?と切迫した叔母の様子に反し私は受話器越しにキョトンとしてしまった。
お父さんお父さんお父さん
私に電話をかけてきたということはまさか私のお父さんということ???
そんなことあるわけがない。
信じたくない私は全力で父ちゃんの死を拒否していた。
状況を聞くにつれ、それは私の父の話で間違いないと頭では理解したが心はついていかなかった。
そんなわけない。
倒れたとしてもまた目を覚ますに決まっている。
亡くなったなんて大騒ぎしてたら父ちゃんびっくりしちゃうよ。
その後のことはあまりよく覚えていない
電話を切り夫に伝える時には号泣してしまった。
父ちゃんが亡くなった、1番口にしたくない言葉だった。
兄弟に連絡し会社に休みをもらい飛行機の手配をしのろのろとクローゼットを開け喪服を探した。
荷物を詰めても何をしているのかわからなかった。
ゴールデンウィークに一緒に旅行するはずだったのに。
まだ話したいこともたくさんあったし何より親孝行なんてまだ何もできていなかったのに。
お父さんどうしていなくなっちゃったの???
父ちゃんの体がもうこの世から消えてしまう。
それはもう会えないということ。
二度と私の名前を呼んではくれない。
儀式の間はぼんやりと言われたままに弔問客に挨拶したり案内をした。
まだ信じられなくて棺の中で眠る父ちゃんがそのうち起き上がることだけをただ願っていた。
火葬場に到着した時、焼くのはやめてくれと叫びたい気持ちを抑えることに必死だった。
お父さんが焼かれてしまう。
もう意識はなくてもそこに横たわっていた肉体まで消えてしまう。
触れることができなくなってしまう。
お父さんがこの世に存在した証。
それは悲しみというよりは手足をもぎ取られるような痛みだった。
お父さん、私を置いて行かないで。
帰ってきて。
約2時間後最愛の父の骨を拾った。
父ちゃんが死んだらその翌日に死にたいとずっと思っていた。
悲しみ、後悔、喪失感。
その全てから逃れたい。
でも私は生きている。
直後は麻痺していた感覚が戻り、ふとした瞬間に父ちゃんがこの世にもういないこと、二度と会えないことを思い出す。そしてもう枯れてもいいくらい流した涙をまた流すのだ。
決してこの悲しみが消える日はこない。
でもそれは当然だ。
世界で1番大切な人をなくした悲しみにふさわしい痛みを抱えて今日も私は父ちゃんのいない世界を生きている。
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