「最悪な一日は誰にだって」BATMAN ONE BAD DAY #1 THE RIDDLERレビュー
BATMAN ONE BAD DAY #1 THE RIDDLER (トム・キング/2022) のレビューです。
※ネタバレ含みますので未読の方はご注意下さい。
【あらすじ】
白昼堂々衆人環視のもと、姿を現したリドラーはある一人の男を殺害する。彼は監視カメラに姿を残すことも厭わず、警官が駆けつけるのをただ待っていた。そこにはいつも彼がバットマンに仕掛ける「ゲーム」の様相はまるで無い。普段であれば残す手掛かり、ルール、理由付けは一切無かったのだ。無作為な一般市民をただ殺害したように見えるリドラー。果たしてそこには一体何が?バットマンは彼の部下、父親、母親を追跡しながら、リドラーの真意を探り出そうとする――
「ゴッサムで娘と息子たちを育てているのには理由がある。彼女は少し強くならなくちゃならないんだ。ゴッサムにいるということは、色々なことが起こって、順応して、そして全てが自分の思い通りにいくわけじゃないってことだ」
本作のライターであるトム・キングは、人生の困難、障壁、試練をゴッサムの街自体にたびたび例えている。先の台詞は冒頭でリドラーに殺害されてしまった人物の台詞だが、2017年の『バットマン:アイ・アム・ゴッサム』(小学館集英社プロダクション)においても同じく子どもを育てていた父親がこのような台詞を口にしている。
トム・キングにとってこれは重要なテーマだ。本書においても、彼はリドラーが子どもの頃「先生にカンニングがばれてしまった」という設定を掘り下げ、リドラーのバックグラウンドを描きつつ、一体リドラーは子どもの頃から今に至るまでどうやって人生の困難に対処していくのか?ということを描いている。
さて困難に出会った時、対処の仕方は人それぞれだ。
トラウマやストレスの元となるものに正面から向き合って根本を解決する?
困難から逃げず、真正面から向き合う姿勢はまさにバットマン、そして多くのヒーローたちの姿だ。
だが皆がそのように恐怖に向き合い、勇気を出せるわけじゃない。
時には抑うつ的になりストレスの元を忘れようとして、時には現実逃避する人もいるだろう。そして自分が辛い、苦しんでいるという認識自体を変えてしまうのだ。――例えばジョーカーのように。
本書の着想元と言える、ジョーカーの「最悪な一日」を描いた『バットマン:キリングジョーク 完全版』(小学館集英社プロダクション/2010)でジョーカーはこう語っている。
ではリドラーはどうだろう?
これまで犯罪を犯すたびに手掛かりを残し、バットマンとの謎々、ゲームに興じるリドラー。
だが実は、彼は子どもの頃「謎々」に苦しめられていた。
常に成績トップの神童の役割を父親から求められていたリドラーは、遊ぶ余裕も無く常に勉強しなくてはならなかった。
だがある教師はテストの最期に謎々を一問掲載するのを好んでいた。いくら勉強して普通の問題は正解できても、謎々には上手く答えられない。そして成績トップを取れなかったリドラーは、父親に折檻を受け精神的にも肉体的にも追い詰められていくのだ。
そんな彼の取った行動は、最終的にその謎々を出す教師を殺害してしまうことだった。
だが大人になり、バットマンへゲームを仕掛けていたリドラーは、果たして「謎々」への恐怖を克服できていたのだろうか?
答えはNOだ。
ラストの方でリドラーはバットマンへこう告げる。
また物語終盤ではこんな台詞も出てくる。(これは物語冒頭でリドラーが殺害してしまった、一般市民の子どもである少女が言った台詞)
これまでバットマンへゲームを仕掛けてきたリドラーは、謎々やゲームを楽しみ、過去への恐怖を克服したように見えていた。だから本書最大の仕掛け、「謎々を仕掛けなくなったリドラー」は、かつての彼からは一見大きく変わったように見える。
だがそれは違ったのだ。
かつてリドラーが何の筋書きもルールも無くただ教師を殺害したように、彼は昔の姿に戻ってしまっただけだった。
バットマンの元を去っていくリドラーは、これから「自分の人生を生きる」と告げる。
しかしこれまでずっと自分の恐怖に向き合うことが出来ず、同じ手法で対応してきたリドラーに、自分の人生を生きることが出来るだろうか。
物語のラストで、そんなリドラーにバットマンは自身の不殺の誓いを破るような言葉をほのめかす。
さらにバットマンが最後にリドラーへ出した謎々、
この答えはすなわち「death(死)」だ。
『キリングジョーク』では、果たしてバットマンがジョーカーを手に掛けたのか?そうでないのか?といった解釈の分かれるラストが描かれていたが、本書では解釈の余地はもっと少ないだろう。
だが願わくば、それでもバットマンがリドラーへ救いの手を差し伸べる未来が私は見たい。
これまでリドラーは自分自身を変えるきっかけを拒んできた。だが唯一変われるとするならば、そのきっかけはきっとバットマンによるものなのではないだろうか。
本書はこの一冊にて完結だが、これからもトム・キングの描くリドラーの物語に期待したい。
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