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おっさんと鞄と春。

どこにでもいる30歳のおっさんが、欲しかった鞄を買った話です。ただ、それだけの話。

数年前から欲しい鞄があった。それは、Bradyというブランドの鞄だ。札幌市内のアパレルショップや古着屋を巡ると、必ず何店舗かに置かれていた。

価格は税込み5万円。安い買い物ではないので渋ってしまう自分もいた。が、値段以上に心のどこかで「仕事では使えないな」という気持ちがあった。常に買い物をする基準が「仕事」になっていた。

何年も前に4月1日を迎えた日、大学生を終えて会社員になった。当時の仕事はゴリゴリの営業職だった。スーツをびしっと着て、髪の毛は短髪に、生やしていた髭もそって「新卒量産型」になった。1週間のうち、5日はスーツを着て過ごす。こうして、買い物に出かけても服を選ぶ基準が「仕事で使えるかどうか」になった。



この基準が自分にずっとこべりついていた。でも、昨年のクリスマスに妻に買ってもらったシャツをきっかけに、その考え方が少し変わりつつある。

「こういうスタイルのほうが似合うと思うんだよね」

妻の一言に、ちょっと衝撃を受けた。「似合う」とか「こうしたほうがいい」みたいな気持ちを長らく持っていなかった。新卒量産型時代に、捨て去ってきた気持ちだった。びびった。長州力風に言うと、たぶん「飛んだ」。

正直、現在の仕事はスーツでなくても良い。編集職なので、圧倒的にデスクワークが多い。なんなら、オフィスカジュアルである必要もなく、デスクワークカジュアルであれば十分だった。なのに、律儀に新卒量産型を貫いていた。

「もっと好きなものを着て、思い切っておしゃれしてみたら?」

妻は毎回さらっと良いことを言う。「じゃあ、お小遣い増やしてよ」という言葉をそっと胸のなかにしまい込んで(言ってたかも)、とりあえず大きく頷いた。新卒量産型の自分と、さよならをした。



そうして先日、鞄を買った。ずっと欲しかったBradyというブランドの鞄だ。

セットアップのデスクワークカジュアルな服装、自分のお気に入りの香水の匂い、そして、肩からぶら下げている鞄。毎朝、マンションのエントランスの鏡に映る自分を見てにやける。「今日の仕事も頑張るかあ」という気持ちが以前よりも強くなっている自分に驚く。自転車のペダルがいつもより軽く感じる。

札幌の桜の開花はまだまだ先だが、30歳おっさんの春は、すでに満開である。鞄を買っただけなのに、なんちゃって。


■あとがき
ポンキチも気に入ってます。


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