見出し画像

今夜は月が綺麗ですね

さっき相方から電話があり、酔った声で、
「26日、肉、覚えといて」
と言われた。

何のことやらわからないが、カレンダーの26日の「資源ゴミ」略して「資」と書いてあった横へ、赤い油性ペンで「肉」と書いておいた。

さて、みんなのnoteの続きを読もうとソファに戻るとまた電話。
酔った彼は少々しつこい。
嘆息を隠して電話に出たら、
「月、めっちゃ綺麗やで」と興奮している。

「見て。すごいから」
「うん、わかった」
しばし沈黙。
「見て、早く」
「今?」
「今。当たり前や」
「はいはい」

返事をしながら玄関のドアを開けた。
東寄りの空に大きな満月が昇っている。

「見える?」
「見えるよ」
「どう?」
「大きいね」
「コールドムーン言うんやって」
「ふうん」
「キラキラして綺麗やろ」

まるで自分の手柄みたいに言う。
けれど今夜の満月は、本当に大きくキラキラと輝いていて美しい。
見上げていると、先日なくした猫の顔が浮かんだ。
思わず名前を呼んで手を振る。

「ミカサ〜」
「あほ。その名前出すな」
「なんでよ」
「悲しくなるやろ」
「ええやん。泣いたらええやん」

再び沈黙。
二人とも何も言わない。

「もしもし?」と相方。
「はいはい?」と私。

「宇和島の月は綺麗やで」
「岡山の月も綺麗やで」
「ほんならな」
「はい」

電話が切れたあともしばらく、私は満月を見上げていた。

大きいなあ。
輝いてるなあ。
美しいなあ。

同じ月を離れた場所で見上げていることが嬉しいなんて、もう遠い昔の話。

得意先と行った料理屋の帰り、彼は途中のコンビニへ寄って、ビール2本とバタピーを買うだろう。
ビジネスホテルの一室で、ビールは全部飲んでしまい、バタピーは半分残すだろう。残った袋を翌朝、出張鞄のポケットにねじ込んで、家に帰ったら台所に置く。
私はその食べさしを、湿気ないよう冷蔵庫へ入れる。
一緒になって15年だっけ。毎日のように繰り返されてきた光景。

体が冷えてきた。

玄関に向かう前にもう一度満月を見上げて、ドアを開け、鍵を閉める。
猫が3匹迎えに出てくる。

「ほらほら、外に出たらアカンよ」

部屋の中は暖かい。
よっこらしょとソファに座る。
すかさず1匹が膝の上に乗る。

私は目の裏の満月を思い起こす。

案外ロマンチストなんだよな。
涙もろいところもあるし。

相方の顔を思い出して、ちょっとしんみり。
彼のいない夜にはもうすっかり慣れたけれど。
一人でいるほうが楽なこともたくさんあるけれど。

めぐりあえてよかったな。
なんて久しぶりに、うっかり目尻が下がってしまった。

満月がくれた夜のひととき。


最後まで読んでくださってありがとうございます。あなたにいいことありますように。