「モテる男」
「なんやねん、もう」
ぶるぶる震えながらシゲオが気弱な声を出した。素っ裸にされているくせに下半身は丸出しで、なぜか薄い胸を両腕で隠している。こういう、天然なのか狙っているのかわからないシゲオのしぐさが、俺をますます苛立たせた。
「どうなるかわかってるやろな」
「なによ、こわい」
「こわいとちゃう。女みたいな声出すな」
俺が持っていたスマホをシゲオに向かって振りかざすと、それだけでシゲオはびくっと肩をすくめた。
この界隈で最も売れているキャバクラ「パラディッソ」。その地下の狭い一室に、俺とシゲオは向かい合って立っている。無理やり服を脱がせたのは逃げられないようにするためだったが、シゲオには最初から俺に抵抗する気概などなかった。ただ俺の目の前で、胸を覆った両腕を情けなく震わせている。
「おまえの店に移った女の子な、全員返せ。今日中や。10人全員帰ってくるまで、おまえをここに監禁する」
俺は持っていたスマホをシゲオに押しつけた。
「はよ電話せえ」
「そんなん僕」
「ごちゃごちゃ言うな!」
俺が拳を振り上げたのと、地下室のドアがすさまじい音を立てて内側へ倒れこんできたのと、ほぼ同時だった。うわあ!なんや!あぶないで!思てたより激しい!しぬ!賑やかな声が飛び交ったあと、部屋の中へ一斉になだれ込んできたのは、俺が死ぬほど会いたかった10人の別嬪だった。
「キミら帰ってきてくれたんか!」
嬉しさのあまり両手を広げて駆け寄った俺の体を、10人の美しい脚が容赦なく踏みつけた。俺はずたぼろになって冷たい床の上へ這いつくばった。うう、と唸りがなら顔を上げる。色とりどりのドレスで着膨れしたシゲオが女たちに囲まれていた。タレ目で無精髭の顔を、赤やピンクのキスマークが隙間なく埋めている。
「シゲオちゃん行こ!」
「こんなおっさんほっとき」
「なあシゲオちゃん、西ビルの社長、また来てくれはんのよ」
「今日も大儲けやなあ、シゲオちゃん」
「待て待て待って!」
セクシーな下着姿のまま出ていこうとする別嬪を俺は必死に呼び止めた。
「キミら、なんで行ってまうねん。そんなしょうもない男のどこがええんや!」
一斉に目を釣り上げた別嬪の間から、毛の生えた細い腕がにゅっと伸びてきた。
「渡辺さん、鼻血や。上向いとき」
シゲオに渡されたハンカチは、甘いバラの香りがした。いくつも重なる靴音が、コツコツと軽快に遠ざかっていく。血の滲む鼻を押さえながら俺は、その場にがっくりと首を折った。
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