見出し画像

「ジェントル・ジゴロ」

ついに。
ついに手に入れた。幻のライブチケット。

3000円の正価が、裏社会では300万円の高値で取り引きされていると噂される、ジェントル・ジゴロのお笑いステージ。彼のライブを一度でも目にした者は、その高度な笑いに骨の髄まで侵され、以後どんなお笑い芸人の爆笑ネタにも笑えなくなるという。

ジェントル・ジゴロ。略してGG。
彼のライブがいつどこで開催されるのか、予告されることは一切ない。
どの会場でも、定員は決まって20人。20枚のチケットがひっそりと売り出され、瞬く間に完売する。

昨年はネパールと網走で、それぞれ真夏と真冬に一度ずつ、一夜限りのステージが開かれた。抱腹絶倒の60分、GGの話術に狂喜の涙を流した40人のうち、3人が僧侶になり、5人が氷の海で競泳した。8人がカップルとなって結婚し、15人がヨガを始めたと言われている。

ジェントル・ジゴロのツイッターのフォロワー数は1億人を超える。2年前に作られたアカウントでの、彼のツイート数はわずか7。「ジゴロ」というたった3文字のツイートが、世界中で5000万回リツイートされた。

GGのライブ映像は存在しない。3億円の宝くじを当てるよりもはるかに困難とされる彼のライブチケットを、入手した者だけが彼の至高のお笑いに浴することができるのだ。

このプラチナチケットを、私が一体どのような経緯で手に入れたかについては、ここで明らかにすることはできない。いかなる情報網を使い、そのために幾ら支払ったか。具体的に述べることも控えたいが、これだけは言っておこう。

いま手元にあるGGのチケットを手繰り寄せるために、私が費やした期間は13年である。その間に家と車と職を失い、家族に去られ、3度入院し、2度投獄された。ある国で受けた拷問の傷は、5年経ったいまもありありと私の背に残っている。

ありとあらゆる犠牲を払った。
私は万感胸に迫る思いで、ライブ会場のブラジルに飛び立った。


(つづく)

***

この記事は、「より長い小説作品の冒頭800文字」を募る、第2回逆噴射小説大賞に応募するために書いたものです。

最後まで読んでくださってありがとうございます。あなたにいいことありますように。