【小説】連綿と続け No.29
侑芽は上司である黒岩に呼び出され、
市民を名乗る人物から匿名で苦情が届いたことを知らされる。
その内容は、
『役所の職員が市内で人目も気にせんと男とイチャイチャしとる。ふしだらや。厳重注意するように』という内容であった。
黒岩)…という話なが
侑芽)それは…私のことですか?
黒岩)まぁ…うん。あなたが彼と一緒におるとこの写真まで添付してきて
侑芽)え、そんな…
黒岩)別にね、交際しちゃならんいう規則はないのよ?業務に支障が出る場合はもちろん困るけど、そういうんやないなら、私はむしろ私生活が充実してる方がええと思う。独身同士であればなおさら自由や
侑芽)はい…
黒岩)けど、私たち公務員は色々な所で見られとるの。都会と違うて、こんな田舎やとね…狭い世界なが。特に貴方みたいに若うて可愛い子やと余計。男性と仲良うしとるだけで妬まれたり、反感買うてしまうことがあるのちゃ
侑芽)でも私はそんな目立つ人間ではありませんし…
黒岩)何も別れろ言うとる訳やないよ?ただね、こういうんが続くと上も黙ってないさかい。下手すると担当外されたり、最悪の場合は…部署移動や左遷みたいな事になるかもしれんが
侑芽)そんな…
黒岩)やさかい申し訳ないがやけど、暫くはなるべくその彼と会わんようにするか、もしくは人目がつかんとこで会うようにして、ちょっこし気ぃつけて欲しいのよ。いっときの辛抱や。私もあなたを移動させたないのちゃ!
侑芽)わかりました…
黒岩は決して侑芽を責めているわけではない。
組織の中で、
理不尽な人事異動を何度も見てきたであろう彼女が
自分を守ってくれようとしていることは、
侑芽にも伝わった。
一方、航はいつも通り黙々と仕事をしている。
恋をしてから気持ちに余裕が出来たのか、
以前よりも仕事に集中できるようになった。
観光客に工房を覗かれても、
イライラすることもなくなり、
時折り軽く頭を下げたりもしている。
正也と歌子はそんな息子の変化に気づき、
密かに喜んでいる。
だが歌子は喜びを隠しきれず、
家事をしながら歌を口ずさんだりして、
時々航に怒られる。
今日も昼食の炒飯を作りながら、
お玉をマイクにして『恋のバカンス』を大声で歌っている。
歌子)ため〜息の〜でるよ〜な♪あな〜たのく〜ちづけ〜に♪ 甘〜い恋を夢見る 乙女〜ごころよ〜♪
歌子の歌は
いつもラテン調に変換され、
歌子流のダンスまでつけられてしまう。
そんな風にノリノリで歌っていると、
玄関から呼び声がし、
慌てて火を止めて出て行くと、
瑞泉寺の和尚がニッコリ笑って佇んでいた。
歌子)あれ?すんませ〜ん、気づかんで!
和尚)な〜ん!こっちこそ昼時にかんにん!たまたま通りかかったら、明るい歌声が聞こえたさかい、つい聞き入ってしもてね!
歌子)アハハハ!お恥ずかしいですちゃ〜!
和尚)なん!歌はええですなぁ。気持ちが明るうなる。ぱ〜っと心が晴れ渡りましてね。そのお礼をお伝えしとうて、ちょっこし寄らせてもろた
歌子)こんなんで良ければいつでも歌いに行きますさかい!
和尚)それはそれは!歌ったり笑ったりできるいうんは幸せの証ちゃ。お陰で私も幸せ分けてもろた。ありがとうございます
和尚はそう言って合掌し、
自身も恋のバカンスを口ずさみながら
寺へと帰っていった。
歌子はその姿に深々と頭を下げ、
再び歌いだし、
案の定、正也や航から
「うるさい」と怒られてペロッと舌を出した。
歌子)かんに〜ん!
その日の夜、
航は侑芽に会いに行く。
侑芽が暮らすアパートから少し離れた場所で車を停め、
そこで落ち合い車の中で話をしている。
航)次の休み、またどっか出かけん?
侑芽)はい。でも私…お家の方が…
明らかに様子がおかしい侑芽に気づいた航。
航)どうした?何かあったか?
侑芽)いえ、なんにも…
航)俺に言えんことあるが?
侑芽)そうじゃなくて…
侑芽は俯きなが
職場にきたクレームの話を航に打ち明けた。
航)なんやそれ。そんなアホがおるんやな?匿名て…誰がそんなこと
低い声でそう呟き悔しそうに顔を顰めている。
侑芽は航を落ち着かせようと、
握り拳に自分の手を重ねた。
侑芽)でも…大丈夫だと思います。ちょっとの間だけ外で会ったりしなければ…
航)は?何でそんなくだらん奴のために俺達が外に出れんようになるが?おかしいやろ。何も悪い事しとらんが!
急に声を荒げ、顔を逸らした航。
侑芽はなだめるようにこう続けた。
侑芽)ですから…少しの間だけですよ?その間はなるべく外で会うのを控えればって上司も言っていたので…
すると航は侑芽を睨みつけ
声を震わせた。
航)さすがお役所やな?上からの言う事は絶対やて前に言うとったもんな?ほんなら上が別れろて言うたらそうするがけ?
侑芽)そんなんじゃないですよ!そうじゃなくて…
航)即答できんがけ?ほんならもう、俺達は終わりちゃ
侑芽)終わりって…どうして?嫌ですよ
航)俺よりも役所の言うこと聞くがやろ?それやったら…ずっと一緒におるがは無理や
侑芽)嫌ですそんなの…ちょっと気をつければいいだけなので!
航)はぁ?なんでコソコソせにゃならんが?役所の決まりかなんか知らんけど、そんなこと…俺にまで押しつけんな!
侑芽)違うの、そうじゃなくて…!
泣きながらすがる侑芽を振り払い、
航は車を走らせてしまった。
侑芽)どうして…
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