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【小説】連綿と続け No.19

『会いに来てくれて嬉しかったです』

侑芽からのLINEを何度も見返す航
自然と顔がほころんで

『また会いに行くちゃ』

そう返信した。
侑芽はそれを見て嬉しそうに微笑んでいる。
だが、感じた事のない胸の高鳴りの後、
春子への後ろめたさが襲ってきて
胸が苦しくなった。

「春ちゃんに言わなきゃ…」

侑芽は春子の行動が作戦という事をまだ知らない。だから春子との仲が壊れてしまう事に怯えていた。

春子からすればこれは全て想定内の出来事なのだが、侑芽は重たい気分を抱えたまま、航と連絡をとるようになった。

それから数日が経ち、
いよいよ「井波よいやさ祭り」の前日。
前夜祭となる宵祭よいまつりが行われる。

この日、八王子から侑芽の両親がやって来ることになっていた。侑芽は祭りの準備に早朝から駆け回っているから、両親達は自力で井波まで来ると言う。宿は武史の実家が営む老舗旅館「となみ荘」だ。

井波に到着した侑芽の両親の由紀と健太郎は、まず瑞泉寺を参詣し、八日町通りを歩いている。

由紀)いいところねぇ。こういう趣きは東京にはないね

健太郎)そうだなぁ。こんな伝統ある街で、侑芽は本当にやっていけてるのかなぁ

由紀)大丈夫よ。あの子、意外と強いのよ?

健太郎)そうかなぁ…

2人は初めて訪れる街でキョロキョロしながらも、法被を来た人達とすれ違い、祭り直前の活気ある雰囲気に心躍らせている。

由紀)それに侑芽だって、あの八王子祭りで育ったんだから。祭りを通じてすぐに馴染めるわ

由紀の言う「八王子祭り」とは、毎年8月に侑芽の出身地である東京都八王子市で開催されるもので、19台もの山車だしが街を巡り、和太鼓・民謡流しなども行われて大いに賑わう。

健太郎)見るのと主催者側に立つのは全然違うよ。大丈夫かなぁ…怒られたりしてるんだろうなぁ…

由紀)あのねぇ、心配し過ぎ!皆んなね、新人の頃は怒られたり辛い思いして強くなっていくんだから!

健太郎)そうだけど…娘のこととなるとなぁ…。そろそろ帰りたくなってる頃じゃないかなぁ

由紀)大丈夫だって!そのうちこっちで好きな人でもできたら、八王子や私達の事なんて思い出しもしないんだから!

心配性の健太郎をよそに、由紀は久しぶりの旅行を楽しんでいる。一方、健太郎は由紀の言葉に動揺し

健太郎)好きな人って…、侑芽はまだ働き出したばっかりだよ?そんなのまだまだ先だよ

年頃の娘をもつ父として
初めて複雑な気持ちになった。

そんな時、仕事の合間に両親を見つけた侑芽が
遠くから駆け寄ってくる。

侑芽)お父さん!お母さん!

2人はその声に振り返り、久しぶりに見る娘の姿に思わず笑顔になった。

由紀)侑芽〜!来たわよー

健太郎)思ったより元気そうだな!

侑芽は2人に抱きつき
嬉しそうに笑顔を見せた。

侑芽)迎えに行けなくてごめんね?会いたかったよ〜

親子3人が久しぶりに顔を合わせて立ち話をしていると、歌子が通りかかり声をかける。

歌子)あれ、侑芽ちゃん!こちらは、お客さん?

侑芽)歌子さん!こんにちは!

侑芽が自分の両親を紹介すると
歌子は待ってましたとばかりに

歌子)まぁ!遠くからようお越しいただいて!お疲れでしょう?良かったらウチで休みません?ね?遠慮せんで!どうぞ!上がっていかれ〜

半ば強引に自宅にを誘導する歌子。侑芽は仕事に戻らなければならず、気になりながらも歌子に両親を託し、戻って行った。

由紀)いいのかしら。初対面の方のお宅にお邪魔するなんて…

健太郎)でも、あの感じだと断る方が失礼だから少ししたら引きあげよう?

由紀)そ、そうね。じゃあ、ちょっとだけ…

そう小声で話し
娘不在のまま皆藤家に入って行く。

そんな事になっているとはつゆも知らない航は、歌子が賑やかに誰かを連れて帰ってきたことを、工房で仕事をしながら気がついていた。

航)あ〜っ!やかましい!

すると歌子が大声で航を呼ぶ。

歌子)ちょっと航〜!出てきてご挨拶しなさい!

航)はぁ?誰にや?今、仕事中やぞ

歌子)何言うてんの!侑芽ちゃんのご両親がいらしてるのよ?早う来んしゃい!!

そう言われて
目を見開き、慌てて振り返ると
歌子が口パクで「早く来い」と言いながら手招きして急かす。

航は思いもしなかった侑芽の両親との初対面に動揺しながらも、急いで身なりを整え、居間に出て行った。

航は由紀と健太郎を前に
緊張しながら中途半端に頭を下げ
かける言葉が見つからず、
口をモゴモゴさせている。
見兼ねた歌子がフォローする。

歌子)アハハ!これがうちの1人息子の航です!最近は侑芽ちゃんに仲良うしてもろて、すっかり浮かれとるんです〜

そんな紹介をされ、航は歌子に「やめろ!」と目配せをしつつ、由紀と健太郎の前に出て来て、あらためて自己紹介をした。

航)初めまして。皆藤航と申します。ようお越しくださいました

すると由紀と健太郎はニコニコしながら
それに応える

由紀)急にお邪魔してごめんなさいね?お仕事中なんでしょ?お構いなく、お仕事に戻ってください

航)いや…ちょうど今、一段落ついたとこで…

健太郎)それにしても航くん、イケメンだなぁ!木彫刻職人っていう職業もだけど、俳優になれそうなくらいカッコいいですよ!侑芽なんか惚れちゃうんじゃないかなぁ〜

2人の関係を知らない健太郎は
そんな事を言って笑った。
それを聞いた航は顔を引きつらせながら

航)いえ…そがな事は…

と言い顔を引きつらせている。
歌子と正也はその場しのぎのオーバーリアクション気味に笑い飛ばした

正也・歌子)まさかぁ!ワハハハ!

こうして侑芽の両親と皆藤家の初対面が幕を開けた

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