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【小説】連綿と続け No.31

春子が鬼の形相で皆藤家にやって来た
出迎えた歌子は

歌子)ちょっこし待っとって?今、呼ぶさかい!

工房で仕事をしていた航は、
春子の声に反応し顔を上げていた。
そこへ歌子が入って来て

歌子)ねえ、なんや春ちゃんがすごい剣幕で来たんやけど…あんた、何したが?

航)別に…

航がしぶしぶ出て行くと、
春子が無言のままアゴを振り、
「表に出ろ」と言っている。

ここにやって来た理由は明確で、
その様子から相当怒っていることがわかり、
これは話が長引くと判断した。

航)今、仕事片付けるさかい、ちょっこし待っとれ

そう言って
行きつけの居酒屋の名前を書いたメモを渡す。
春子はそれを奪うように受け取り

春子)絶対来なさいよ?来なかったらぶっ飛ばす!

そう言って睨みながら出て行った。

“これは大変な事になる”

そう思った航は
武史に仲裁に入るよう頼んだ。
武史は快く引き受けて2人は合流し、
春子を待たせている居酒屋に向かった。

既に何杯か飲んでいた春子は、
航と一緒に来た武史に驚きながらも、
ビールジョッキをバンとテーブルに叩きつけ

春子)か弱い女1人に男2人がかりって…随分と卑怯なことするのね?

航)卑怯て…。仲裁に来てもろうただけちゃ

春子)あっそ。別にいいけど…

武史)あのな、俺は航の味方するつもりはないがいちゃ!むしろ侑芽ちゃんと春ちゃんの味方やさかい、安心しられ!

武史に「春ちゃん」と言われた事で
一瞬ニヤけそうになった春子は、
我にかえってしかめっ面に戻った。

春子)単刀直入に聞くけど、侑芽に何してくれたの?

航)侑芽とは…色々あって…ちょっこし距離をとってるだけやちゃ

春子)はぁ?そんなこと言いながら、本当はやる事やって、実はもう面倒になったからポイしようとしてるんじゃないの?誠実そうな顔してさぁ、酷い事するのね?

春子が腕と足を組みながら、
偉そうにそう言った。すると

航)そんなわけないやろ!俺は侑芽と遊びで付き合うとるわけやない!何も知らんのに、変なこと言うな!

春子)じゃあなんで侑芽がボロボロになってんの?食事も睡眠も取れないって…それ病気だからね?あんたのせいで侑芽がおかしくなっちゃったんだからね?責任取れよ!

怒鳴って航の胸ぐらを掴みかかった春子。
だが武史に止められる。

武史)ちょ、ちょ、ちょ、ストップ!いったんストップ!落ち着こ?な?いったん座ろ?

武史になだめられ、
やや大人しくなる春子。

侑芽の事は、高岡が春子に知らせていた。
普段は侑芽を勝手にライバル視して、
ひねくれた事ばかり言う高岡だったが、
実は侑芽を心配して春子に連絡していたのだ。

話を聞いた春子はすぐに原因が航だと思い、
金沢から飛んできたのだ。

春子から侑芽の近況を聞かされた航は、
言い返す事もせずに呆然としている。

航)それは確かに…俺のせいや

航はポツリポツリと
何があったのかを2人に話した。

武史)お前はほんまに…そういうとこやぞ!お前のアカンとこは!

春子)後悔してんなら今すぐ侑芽に連絡して!まあ、もう遅いけどね?

航)遅いて…何が?

春子)さっき、ここ来る前に侑芽とちょっと会ってきたの

航)……!

春子)とりあえず、今任されている仕事はやり切るけど、それが片付いたら八王子に帰りたいって

航)え……

春子)そりゃあそうよね?この街であんたとの噂は広まるわ、あんたから捨てられるわで踏んだり蹴ったりなんだもん。実家に帰りたくなる気持ちもよくわかるから「そうしなさい」って言ってやったわよ!

航)捨てたわけやない!それより帰るて…

春子)そうさせたの自分でしょ?

らちがあかない会話を聞いていた武史が、
腕を組みながら感心したように呟く。

武史)けど、凄いなぁ自分ら

航)は?…どこがや

武史)だって…そんな風になってまうくらい惚れてしもたて事ながやろ?そんな相手、なかなか見つからんちゃ

すると春子が
目を輝かせながら武史に反論する。

春子)何言ってるんですか!武史さんはすっごく素敵だからすぐ良い人できますよ?私なら、こっちの人より断然武史さん推しです!!

春子の言う「こっちの人」とは航のことだ。

武史)ありがと…。あんたみたいな美人に言われると、お世辞でも嬉しいちゃ

照れながら見つめ合う武史と春子。
その瞬間から航は、
完全に邪魔者といった雰囲気になり、
いたたまれず

航)俺は、そろそろ帰る…

そう言って金を置いて席を立った。
すると、いい感じになった2人から
釘を刺された。

春子)あのさぁ、元さやに戻れなかったとしても、男としてこのままウヤムヤにだけはしないでよね?

武史)後悔するくらいなら行動しろよ?俺はお前らには幸せになってほしいがよ

そう言われて
航はしおらしく答えた。

航)おぉ…わかった。色々すまん

航は帰宅すると
スマホを握りしめて
侑芽から最後にきたLINEを見つめていた。

『ごめんなさい もう一度話がしたいです』

それに返信しないまま
1週間が過ぎていた。

侑芽の気持ちを思うと胸が痛み、
後悔ばかりが脳裏を埋め尽くす。

そして思い切ってLINEを送った。

『連絡せんですまんかった もう一度話がしたい』

航はスマホを持ったまま
祈るように目を瞑った。

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