【小説】連綿と続け No.14
侑芽に恋心を抱いていることに気がついた航は、
項垂れながらベッドに寝っ転がった。
脳裏に浮かぶのは侑芽の笑顔とあの言葉だ。
"お兄ちゃんだと思ってもいいですか?”
枕に顔を伏せ
「あ〜っ!!」と行き場のない感情を叫んだ。
一方、侑芽は体調が回復し
祭りの関係先を回っていた。
侑芽)ご心配とご迷惑をおかけしました
西川)な〜ん。元気になって良かった。ほんま無理せんと、僕も手伝うさかい何でも言うて?
侑芽)ありがとうございます
八日町通りを歩くと
街の人々から声をかけられる。
「もう大丈夫なが?」
「無理せんでね!」
そういった言葉をいくつもかけられ、
たった2週間しか携わっていない自分を
気にかけてくれる人達の温かさを知った。
西川)一ノ瀬さんはもう、この街の一員やね?
そう言って西川が微笑む。
侑芽もそれに笑顔で返す。
そんな2人を純喫茶「あいの風」から眺めている人々がいる。店主の礼子と常連客の太郎、そして井波の歩くスピーカー、高木のおばちゃんである。
3人はまるで張り込み中の刑事の如く
神妙な面持ちでヒソヒソ話している。
礼子)西川くんが先陣を切ったな?
大変)切った切った。あいつが一歩リードちゃ
高木)私の予想やと侑芽ちゃんが倒れた時に何かあったね?
礼子)そんな感じやね
太郎)あったな。なんかあったな
的外れな予想をしながら
3人は静かに頷き合った。
仕事が一通り終わった頃、
航にLINEをいれるとすぐに返信がきた。
『今からちょっと寄ってもいいですか?』
『ええよ』
洋菓子店でケーキを買い、
皆藤家に向かおうとすると
西川)一ノ瀬さん!そっちは帰り道と逆や!
侑芽)ちょっと航さんとこ寄ってから帰ります!
侑芽がそう答えて足早に去っていく。
西川はそんな侑芽を見届けながら顔を曇らせた。
西川)なんで航んとこに…
皆藤家の前までやってきた侑芽は
玄関横にある窓ガラスから工房をひょいと覗いた。
すると航がすぐに気がつき、
片手を上げて「おぉ」と口を動かした。
侑芽は笑顔で手を振ってから玄関前に立った。
侑芽)こんにちは!市役所の一ノ瀬です!
歌子)あ〜!侑芽ちゃんや!心配しとったのちゃ〜!
正也)どうや?もう大丈夫なん?
侑芽)はい。お陰様でもうピンピンしてます!ご心配をおかけしました!それとこの前、お弁当までご馳走になっちゃって。これ、お礼と言ってはなんですが…
買ってきたケーキを手渡すと
歌子はそれを受け取り
歌子)ええのにぃ〜!かえって気ぃ使わせちゃったねぇ。きのどくに〜。あっ!せっかくやし、侑芽ちゃんも夕飯一緒にどう!
正也)もう仕事終わりやろ?ちょっこし寄ってかれ!
侑芽)でも…
歌子)ええから、やわやわ休んでかれ!
遠慮しつつも侑芽は皆藤家に入った。すると航が出てきて
航)おぉ…。侑芽ももう仕事終わりけ?
侑芽)はい。航さんはまだお仕事ですか?
航)今、終わらせた
侑芽)そっか。お疲れ様です!
航)侑芽もお疲れ
2人が話をしているその様子を
台所から見守っている正也と歌子は
声を押し殺して喜んでいる。
正也)今、侑芽ちゃん「航さん」て言うた?
歌子)言うた言うた!しかも航は「侑芽」て言わんかった!?
正也)言うた言うた!この前はそんな呼び方しとらんかったよなぁ?
歌子)ええぞぉ!航〜!ファイト〜!!
そんな話をコソコソとしている両親に気づきながらも、航は侑芽を工房に入れた。
侑芽)わぁ〜!こんな感じなんですね!
航)これが鑿で、これが彫刻刀で、こうやって使うんやけど…
普段は人を工房に入れない航が、
侑芽を入れて自分の仕事を説明している。
侑芽はそれを熱心に聞いている。
歌子と正也は感無量といった感じで見守っている。工房には製作中の欄間のほか、売り物ではない作品も展示してある。仏像や動物を型どった作品が数点、棚の上に並んでいる。侑芽はそれらをじっくりと見ている。
侑芽)これ全部、航さんが作ったんですか?
航)親父のもあるし俺のもあるちゃ
そう言って自分が作った鳳凰や龍などの作品を見せた。
航)触ってええちゃ
そう言われて恐る恐る作品に触れる侑芽。
侑芽)わぁ…!なんだか本当に動き出しそう!
魂が入ったような目をしているその作品達は、
体の細部まで、まるで本物のように彫られているから
物というより生き物のようだった。
そして航は遊びで作ったと言う手のひらサイズの招き猫を侑芽に差し出す。
侑芽)なんですかこれ。可愛い〜
航)招き猫や。侑芽にやるわ
照れたように鼻をかく航。
侑芽)いいんですか?嬉しい〜!大切にしますね!
航)別に…大したもんやないちゃ
セピア色に染まる工房で
2人だけの時間が流れた。
そんな中、侑芽のスマホに富樫から着信が入る。
侑芽は慌てて外に出ようとする。だが航はそれを止めた。
航)なん。ここででろちゃ
そう言われて電話にでると
富樫)大変や!街コンの女性参加者が2名キャンセルやて!
残り1週間に迫った街コン。
その参加者の女性サイドで欠員が出たと言う。
今回の街コンは男女の数を合わせる規定であるから
富樫はひどく困った様子である。
侑芽)え〜!?今からじゃもう無理ですよぉ!
富樫)そやけどぉ、どうにかせんと!最悪、高岡さんと一ノ瀬さんが参加してね?
侑芽)そんなぁ…!
航)…
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?